楓の日記 その十四
楓の日記 その十四
七月二十九日日曜日 天候 快晴
今日で夏休みも五日目である。日曜日ということもあって麻巳子がウチに来てくれた。ママが入院してからずっと心配してくれていたのだが、体育祭の準備で会う時間がめっきり減っていたこともあり、麻巳子は朝から私の家に来てくれたのだった。
「楓ママ、大丈夫そう?」
心配そうに首を傾げた麻巳子。
「検査詰めみたい」
へえ~という感じで頷き、「楓、行かなくていいの?」と私を見た。
私は無言で首を振った。
麻巳子は、どうして?と目をぱちくりさせた。
「おばあちゃんが・・・」といった途端、目頭が熱くなった。私は手の甲で目尻を拭っていた。
「会いたいんでしょ、楓」
私は、もちろん、っていう感じで大きく頷いた。そうしたら麻巳子が急に立上り、両手に拳を作って胸の前に持ち上げ「じゃ行こうよ、あそこへ」と居間のガラス越しに外を見たのだった。
えっ、ていう驚きとは違う、呆気に取られたように麻巳子の横顔を眺めていた私。
「いつ行く?明日にする?」
「まずくないかな。叱られちゃうよ」
私はおばあちゃんのあの声色を思い出していた。
「どうして叱られるの?」
不思議そうな瞳を向ける麻巳子。
「だって、おばあちゃんが・・・」
私の目の前が霧で覆われたように暗くなっていった。
「いいじゃない」
「えっ」
「いいじゃない・・・親子なんだから」
麻巳子のその一言で、目の前の霧が晴れていくようだった。。
「そ、そうだよね。親子・・・だもんね」
麻巳子も一緒に来てくれるといった。私は「迷惑になるよ」といったが麻巳子は「わたしと楓の仲でしょ」といってくれた。これが私の大切な友達の麻巳子なのだ。
私たちは作戦を練った。他に誰もいない私んちなのに、額と額がぶつかるくらいに近づいて、この先のことを話し合った。
日時は八月一日の水曜日、つまり明々後日に決まった。そしてその日のフェリー最終便に乗り込むと。何故ならその日の二便でおばあちゃんが久し振りに大間に帰って来るというのだ。自分のも含め、ママの着替えとかを取りに来る、といっていた。それとの入れ違いを狙うことにした。麻巳子の提案だった。しかも私が「家にいないと怪しまれるよ」というと「籐子の家に泊まりに行ったことにしよう」といいだした。籐子とは、私たちが比較的に仲の良い同級生たちの一人で、その中でもおばあちゃんが会ったことのない貴重な友達だったから彼女を選んだ。麻巳子の家に泊まるといえば、おばあちゃんがお礼の電話を入れかねないから彼女に決めた。それも麻巳子の案だった。
麻巳子は終始に渡りアイディアを出してくれた。あの島に渡ってからの交通手段のことや夜の宿のことなど。何度かあの島に渡っているので、心強ささえ感じていた。
麻巳子は笑顔で帰っていった。「じゃ水曜日ね」とまるで旅行にでも行くようないい方で。
私は麻巳子が帰った後、押入れからいつもは使わない大きめのバッグを取り出した。「ホント旅行にでも行くみたい」と鼻で笑ってしまった。
何故ママのお見舞いでコソコソしなければいけないのか、と頭に浮かんだが、今はその考えを捻じり伏せるように押えこんだ。
「せっかくママに会えるんだから」
私は小さく頷き、たんすの引き出しを引いた。




