楓の日記 その十三
楓の日記 その十三
七月二十一日土曜日 天候 晴
久し振りにおばあちゃんから電話があった。久し振りにおばあちゃんの声だったのに、やっぱり今日もおばあちゃんは変なことを口にした。
「楓は悪いコだね」と怒った声色だった。「どうしてあんなことをするんだい。何かあったらママも悲しむよ」と受話器の向こうで鼻を啜っているようにも聞こえた。
私はわけがわからないので「何のこと?」と訊ねたが、おばあちゃんは引き続き震えた声で「もうよしてね、あんなことは」といった。
その後は普通にママの現状を教えてくれた。検査はまだ連日行われていることやそれにママが疲れを見せ始めたこと。食欲はあるけど元気がないことなど。
私は会話が終わりそうなころを見計らい、思い切っていってみた。「そっちに行きたい」と。するとおばあちゃんは少しだけ間を置いて「今の楓が来てもママが悲しむよ」といって電話を切ってしまった。
取り残されたように私はひとり、居間に立っていた。込み上げる淋しさは我慢できなかった。堰を切ったように溢れでる涙。すとん、とその場に腰を落した後は夜中まで泣き尽くしてしまった。
ただでもママが病気を患っていて不安なのに、この家には私しかいないのに、身内といえばママとおばあちゃんしかいないのに、何故ああいういい方をするのだろうか。あのとても優しかったおばあちゃん。あのとても暖かかったおばあちゃんはどこへ行ってしまったのだろうか。
私はその場に蹲った。膝を抱えるように。決して寒い季節ではないのに凍えそうな私の心。膝がしらをお腹にくっつけるように小さくなっていた。




