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日記  作者: ダイすけ
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美咲の日記 その12

美咲の日記 その12


7月15日(日) 天気・晴


 今日はあたしが真由に行き先をいわずに「出掛けない?」と持ちかけた。真由は快く了解してくれた。

 今日は隣り町のバス停ではなく、近所のバス停から乗った。どうせ見つかることはないから。それはなぜかというと、今日もまたお父さんとお母さんは朝から二人で出掛けていたからだった。また昨日と同様にテーブルの上に手紙が置いてあった。今日の昼食は「シチューをチンして」と書かれてあった。

 前回の経路とは違うバスに乗った。窓越しに初めて見る景色に吸いこまれそうになっていた。真由は行き先を訊こうともせず、おとなしくあたしの隣に座っている。時折り投げるあたしの視線に、フフ、と返すだけであった。

 目的地に着々と向かうバス。あたしは次第に強くなる鼓動を感じていた。握りしめる拳。それを開いてみると、汗でぐっしょり濡れていた。

 もう一度、窓の外を眺めた。気付かないうちにそこから海が見えていたのだった。

「もうすぐだね」と真由があたしを見ていった。「緊張してるの?」といってあたしの膝に手を置いた。あたしは何も語っていないのに、真由はすべて察しがすているかのように薄く笑った。

 あたしは俯いて、小さく頷いた。

「ワケは知らないけど、私は美咲の味方だからね」と「大丈夫だよ」といってくれた。

 そんなしんみりした中、女性の声でアナウンスが流れた。次の停留所は「市立函館病院前」だと二度告げた。あたしはずり落ちた腰を上げ、一旦座り直し、すっと顔を上げた。真由はそんなあたしの肩にそっと手を掛けていた。

 アナウンスが流れて間もなく、バスは左折し速度を落としていった。下から覗くように前方を確認するあたしの目に、とても立派な真四角の建物が見えたのだった。

(あそこだ・・・)

 あたしは唾を飲んだ。

 緑で囲まれた駐車場の脇をすり抜けるようにバスが走る。次第に大きくなるその病院の前を、とぼとぼとみんな手から何かを提げて歩いていた。多分、身内のお見舞いや看病をしている人たちなんだろうと、あたしは勝手に解釈していた。

 素通しになった茶色いスクリーンの中でバスは停まった。ガラス越しにバス停に書かれた文字を確認すると「市立函館病院前」となっていた。

 真由は「大丈夫?」と優しい瞳を向けてくれた。

 あたしは目に力を込めて、うん、と答えた。

 病院の中に入ると、あたしの視線は下がることがなかった。大きくて広い吹き抜けの天井。そこから燦々と降り注ぐ眩しいくらいの日射し。前を見て歩かないあたしは何度かすれ違う人たちとぶつかりそうになったが、真由がその度にあたしの腕を引き、横にエスコートしてくれたのだった。

「4階の東側だよ」と耳元で囁いた真由は、エレベーターの前は通らずにあたしを階段に案内した。「こっちの方が見つからないでしょ」とウィンクした時の真由の白い歯がかわいかった。

 あたしはまだ真由には何も教えていない。バスの中で説明しておけば良かったと多少の後悔をしていた。でも真由はそれに反して、全てを理解しているかのように今あたしの前を歩いている。まあ、昨日の電話でお願いした内容を思えば、その相手がどういう関係かわからないにしても、ある程度は察しがついているのかもしれない。真由が傍にいてくれて、本当にありがたかったと実感している。ここに真由がいなかったら、あたしは真っ直ぐエレベーターに乗り込み、呆気なく両親にみつかっていたでだろう。今のあたしの頭じゃそんな器用に気が回らないだろうから。

「真由っ」と乱れた呼吸であたしはいった。

 前を昇る真由は斜めに振り返り、何っ?って感じで眉を上げた。

 あたしは「ありがとね」と微笑んだ。

 真由はそれに対し笑みを浮かべ、無言で首を振った。

「4階」の文字の前で呼吸を整えた。いくら若いとはいえ、一気に4階はやはりきつい。あたしは壁にもたれるように腰を降ろし、真由の方を見上げた。

「最近、ヘンなんだよね」

 真由はそれにリアクションはせずに、同じように腰を降ろした。

「前からもそうだったんだけど、深く考えるようになったのは今年の誕生日あたりからだったの。あの異常なプレゼントは毎年のことだったからね。いつもなら時間が流してくれていたというか、自然と忘れていたというか。今年もそのはずだったんだけど、今年はいつもの年とは何かが違ったのよ」

 真由はまだ黙って聞いている。

「ある電話からだった。どこからの電話かは全然わからなかったんだけど、それからだったのお母さんの態度が違ってきたのは。以前からも余所余所しさはあったけど、あたしの質問に対しておもむろに不快感を表して、おもむろに隠しごとをしているように見えた。そうなるとあたしの考えはどんどんと深みに嵌っていってしまう。どんどんとよくない方向へとね」

「キムラリツコって人のことは、何かわかったの?」と真由はあたしを見つめながらいった。あたしは横に二度首を振ってから続けた。

「昨日の真由の電話はホント奇跡としかいいようがなかった。昨日両親が出掛けることはわかっていたんだけど、行く先も、誰と会うのかもまったくわからなかったから。その名前は本当にファインプレーだったよ」

 たまたまだよ、と真由は照れ笑いを見せた。

「そのキムラリツコって人があたしの両親と何らかの関係にあるのは、電話でのお母さんの返事を聞いてて何となくは感じれたの。でもどういう関係なのかまではわからないのよ。だって両親に訊いたって教えてくれるはずもないしね。他に訊ける人も思い出せないし・・・」とあたしは言葉を詰まらせた。

「覚悟はできてるんだよね。美咲」

 ゆっくりと見た真由の表情は、眉を寄せた厳しいものだった。

「美咲は、ご両親が帰るのを待って、その後キムラリツコに直に訊こうと思っているのよね」

 その通りだった。正直、驚きだった。真由がそこまで察しているとは露とも思っていなかったから。

「何か、とてつもないことになるかもしれないんだよ。それがいいことかもしれないし、かなりショックなことになるかもしれない。美咲のご両親が隠しごとをしているくらいだから、後者の方が可能性は高いと思うよ。それでも・・・」

 あたしは真由の言葉を遮った。「できてるよ・・・覚悟は」とまるで自分にいい聞かせるように呟いていた。

 真由はそんなあたしの肩を、ぽんぽん、と叩いて腰を上げた。

「そうしましたら、少々ここでお待ち下さい隊長殿。私がまず先陣を切って偵察してまいります」と小さな敬礼を作り、ニコっと笑った。

 あたしは真由が出ていった後、ゆっくりと閉まる重そうな鉄のドアを見つめながら「ありがとう、真由」と感謝した。

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