美咲の日記 その11
美咲の日記 その11
7月14日(土) 天気・曇
今日は少し寝坊をしてしまったようだ。昼近くまで寝ていたあたしは、枕元の時計を薄目で見て、跳ね返るように飛び起きた。ぼさぼさの頭で階段を降り、居間のドアを開けたが、すでにお父さんとお母さんはいなかった。水を飲もうとキッチンに向かう途中、食卓テーブルの上に置き手紙を見つけた。お腹をぽりぽりかいていた手を止め、その手紙を拾った。
「夜までには戻ります。冷蔵庫にパスタが入っているからレンジで温めてください」
簡単措辞な内容だった。
あたしは書かれているようにパスタをチンして、一気に平らげた。食べている最中も食べている実感はしていなかった。なぜなら今日という日が、14日という今日が、気になって仕方がなかったからだ。
あたしはまた、ぼさぼさの髪をかきながら階段を昇った。すると部屋に置き忘れていたあたしの携帯が鳴っているではないか。着信は「真由」からだった。
「あれ、美咲。今どこ?」
何やら周りが騒がしいようだ。
「ウチだよ」
あたしはもう一方の耳に人差し指を突っこんだ。
「ああ、そうなんだ」
「どうしたの?真由。騒がしいけど、どこにいるの」
雑音が混ざりながらも真由の声を聞き分けた。
「函館病院だよ」
「ふーん」
「いやいや、ふーんって、美咲も来てるのかなって思ったから電話したんだよ」と真由は声を荒げていった。
「どういう意味?それ」
携帯を握る手に力が入っていた。
「だって・・・美咲のご両親がいたから。今、駐車場から走って病院に入っていったよ」
携帯を落しそうになった。気が遠くなりそうなところを強引に我に戻し、携帯を反対の手に持ち替えた。「ウチの両親がいたの?」
「そう・・・だけど」と、美咲知らなかったの?とでもいいたげな反応。
「どこっていったっけ?」
「だから、カンビョーだってば」
電話を切ってからゆっくりと考えてみた。
「あの電話はこのことだったのね。ということは・・・」
誰かが今日、カンビョーに来たということになる。しかも今日は土曜日だから、外来もないはずなので、入院するということだ。じゃ、それが一体誰なのか。あたしは無意識に携帯の着暦から「真由」を選んでいた。
「はいよ~」と脳天気な声がした。
「お願いがあるんだよね・・・」
真由は迷うことなく引き受けてくれた。あとは真由の報告待ちである。多分真由のあの野性的な本能を持ってすれば、あたしが頼んだことなど容易いことなのだが、たまに的が外れることもあるのでそのヘンのところは十分に心しているつもりだった。
「それにしても一体誰が・・・」
あたしに知られたくない人物。あたしが知っちゃまずい過去。両親に犯罪歴があるわけでもないし、疑心暗鬼に包まれるあたし。だってそうだ、考えれば考えるほどネガティブな方向にしかいかない思考。
「まさか誘拐・・・連れ去りとか・・・」
かぶりを振った。ろくでもないことばかり思い浮かんでしまう。
「まさか・・・ね」と鼻から息を抜いた。その時、あたしが握っていた携帯が震えた。
「ビーンゴ」
真由は多分、親指を立てているに違いないと思った。
「・・・で?」と訊ねると、
「キムラリツコっていう部屋に入っていったわ」とわざと滑舌よくいってくれた真由。「知ってる人?」
あたしは「ううん」と受話器の向こう側で首を振った。
「そうなんだ。それはそうと・・・何かあるね、これは」
これが真由の野生の感ってやつだ。
「でしょ、美咲」
「ごめん真由。後で詳しく話すから・・・」ともうひとつだけお願いをして電話を切った。
(キムラリツコって?)
聞いたこともない名前だった。すごく前進したかのように見えた謎解きも、やっぱり少しだけ進んだところで、また霧がかかったように目の前を霞めてしまった。
あたしの頭には、クエスチョンマークが飛び交っていた。




