美咲の日記 その9
美咲の日記 その9
7月8日(日) 天気・曇のち晴
昨日の夜遅くにお父さんとお母さんが帰ってきた。私がちょうどベッドに入った頃だった。階段を昇る足音が聞こえた。そして、あたしの部屋のドアが開けられ、あたしの寝ている姿を確認した後、二人は隣の寝室に入っていった。
眠りが浅かったのか、目が冴えていたあたしはトイレに行こうとベッドから起き上がり、ドアを開け、階段の手摺に手をかけた時、隣の寝室から漏れる声に気付いた。
「どうしてあんなことをいったんだ」
お父さんの声は怒っているようだった。
「口が滑っただけじゃない。気付かれはしないわよ」
「口が滑ったじゃ済まされないんだぞ」
あたしは話の重大さを感じ、自分の部屋のドアに隠れ聞き耳を立てていた。
「ただお見舞いに来た人だって思っているわ。きっと」
「それならいいが、気をつけなくてはいけないぞ」
「でも、本当にそっくりだったわよね」
しー、という空気の漏れる音がした。「美咲に聞こえるぞ」
「寝てたわよ、もう」
あたしの背中に寒気が走った。二人の声は更に小さくなった。
「ふ・・だからな。でも、あ・・ににる・・な」
あまりに小さすぎて何をいっているのか聞き取れない。
「りつ・・んが・・て・ときに、きを・・ない・な」
もう何をいっているのかは、これ以上はドアを開けて聞くしかないと思った。その時だった。
「お腹すいたでしょ。下でなにか食べましょうよ」と急に声が大きくなった。寝室のドアが開けられたのだった。自分の部屋のドアに耳を付けていたあたしの心臓は、バクンバクンと張り裂けんばかりになっていた。
(今、入ってこないで)
祈っていた。目を瞑り、すがるようにドアノブを握った。
あたしの祈りが通じたのか、お父さんとお母さんは階段を降りていってくれた。あたしはトイレに行くことも忘れ、ベッドに飛び込み布団を頭から被ったのだった。
翌朝。
あたしは何食わぬ顔で居間に降りていった。
「おはよう、昨日遅かったの?」というあたしの問いに、「そうね、疲れたわ」とお母さんは表情を動かさないで答えた。
「あれ、お父さんは?」という問いには「ご飯早く食べちゃってね」としかいわなかった。
昨夜の会話はなんだったんだろうか。誰に何を隠しているというのだ。そして、誰が誰にそっくりだったというのか。あたしに聞こえちゃまずい話があるというのか。
心の中にモヤモヤが広がりっ放しのあたしは、もう面倒くさくなり思い切って訊いてみた。「昨日、どこに行ってきたの」と。
お母さんは台所に向かったまま、手を止めずにいった。「お父さんの知り合いのところだよ」と「美咲には関係のない人だっていったわよね」とまるで釘でも刺すようないい方に聞こえた。(それ以上は訊くな)そんな感じに。
それでもあたしは負けじと「お父さんの知り合いって、どこ?」と続けると、
「美咲にいってもわからないよ」と話をかわされてしまった。
「知ってるかもしれないよ」とあたしが食い下がると、包丁をまな板の上にゴトンと置く音がした後に「知ってどうするのよ。美咲が知ってもどうしようもないんだから」といい、居間から出ていってしまった。
あたしは自分の部屋に戻った。
なぜあそこまでムキになるのか。ただ訊いているだけなのに。やっぱりあたしが知っちゃまずいことなのか。ということは、あたしに関係しているということなのか。昨夜のお父さんの言葉が思い浮かんだ。
「美咲に聞こえるぞ」
やっぱりあたしの両親は隠しごとをしている。
「美咲が知ってもどうしようもない・・・」
胸に引っ掛かるお母さんの言葉。何がなんでも隠そうとするならば、何がなんでも知りたくなってしまうというのが心情というものだ。
お母さんしかいないと思った。お母さんしかいないのだ、口を割るとすれば。




