美咲の日記 その6
美咲の日記 その6
3月4日(日) 天気・曇時々晴
昨日は真由のサプライズにやられた。真由がもったいつけた理由。そしてずっと「内緒」を通した理由。わざわざあたしをバスに乗せた理由。すべて納得させられたあの場所。
あたしたちを乗せたバスは延々と走っていた。バスが今どこを走っているのかなんて、まったく知りもせずに。
角ばった四角い建物も初めて見たし、信号がやたらと多いことにも驚いた。自動車が渋滞をつくり、横断歩道を人がうじゃうじゃと人が歩いている。建物の壁に大きなテレビが張ってあったことには、さすがに真由の肩を叩かずにはいられなかった。
真由はそんなあたしを見てまた、フフフ、と笑った。
繁華街と思われる地区を過ぎると、あたしたちが住んでいるような普通の家も見えてきて、ホッと一安心したその時だった。あたしたちが乗るバスの横をなんと電車が通り過ぎていったのだ。あたしはまた真由の肩を叩いた。「電車が道路を走ってるよ、大丈夫なの」と。
真由は「よく見てごらんよ」とガラスの向こう側を指さしていった。あたしは指さされた方向に振り向き、目を凝らした。すると道路の真ん中に線路が敷いてあるではないか。顎の落ちそうなあたしの隣で「路面電車っていうんだよ」と教えてくれた。
さっきからあたしは驚きっ放しだった。見るものすべてが初めてなのだ。16年も生きてきて、あたしは恥ずかしいかぎりだった。
バスは路面電車の後を追うように、それ以降も走っていった。
「美咲、あれご覧よ」と真由はまた指をさした。今度はさっきとは違って遠くをさしている。その指の先には濃緑な山が見えていた。
「あれは?」
「函館山だよ」
山というわりには、低いなと思った。でもその思いはバスが進むにつれ、あたしの思惑を否定するように存在感を現してきたのだった。
「333メートルだよ」
「そうなの!!!」と横を振り向くと、そこにはドヤ顔をする真由がいたのだった。
気が付くと、電車を見失っていた。あたしは線路を目で追った。線路は交差点の真ん中で90度に右折していたのだった。あたしたちを乗せたバスもそれに従うように曲がっていった。
「次で降りるよ」と真由は壁にある紫色したボタンを顎で示した。押せ、といっているのだと思い、あたしは慌ててそれを押した。車内にブザー音が鳴り渡った。そして「次はー、函館駅、函館駅でございます。お降りのかたは~」と男性の声でアナウンスが流れた。あたしは運転手さんを覗いていたのだが、声の主は運転手さんではないようだった。
「真由、道路に屋根がかかっているよ」
「あれは、アーケードっていうんだよ」
「真由、道路の真ん中に公園があるよ」
「あれはグリーンベルトっていうんだよ」
驚きの連続だった。そんなあたしを見て真由はまた、フフフ、と笑った。さっきからずっと笑われていたのは知っていたから「いや~真由、バカにしたでしょ今」とあたしがいうと、真由はあたしの鼻の頭をちょこんと突き「かわいいね」と呟いた。恥ずかしさが頂点に達しているあたしの頬は、多分紅潮しているに違いない、あたしは火照った頬を両手で隠したのだった。
真由はそんなあたしを見て笑いながら「ほら、降りるよ」と腰を上げた。あたしは「いや~」といいながら一緒に立ちあがったのだった。
降り立った場所は、さきほど車窓から見えたアーケードの下だった。
「どうしたの、美咲?」
真由はあたしの大きな深呼吸を見ていった。
「潮の香りがしたから」
「いつも嗅いでるじゃない」
「うん、そうなんだけど、あたしが暮らす町の匂いとは微妙に違うんだよね」
「そんなもんかな」と真由は首を傾けながら、くるっと踵を返して歩き出した。「ほら行くよ」
「あ~ん、置いてかないでってば」
ほどなくしてアーケードがなくなり、あたしの頭上に青空が広がった。
「本当に今日はサイコーの天気だね」
真由はそれには無言の笑顔で答え、横断歩道の色を確認してから小走りを始めた。そして道路の真ん中にある屋根がかかった場所で足を止めた。
「美咲、早くおいで」
「真由、ここもアーケード?」
あたしは巾の狭い屋根を見上げながら、真由に訊ねた。
「ううん。ここは路面電車の停留所だよ。今度はさっきの電車に乗るんだよ」
「うわ~、ホントに」
あたしは感激のあまりに胸の前で手を組んだ。
「ねえ、真由。どこに行くの?そろそろ教えてよ」
「ほーら、電車来たよ。これに乗ろう」
「真由、はぐらかさないでよー」
「あはは、ごめんごめん。でもここでしゃべったら台無しになっちゃうから、もう少し我慢してね」
さっき見たものとは一風変わった電車があたしたちの前で停まった。それはレトロ感満載で大きさもひと回り小さく、後ろの乗り場に制服を着たお姉さんが笑顔で迎えてくれていた。
中に入ると昭和を感じさせる古臭い雰囲気にあたしたちは包まれた。窓から見える景色もモノクロが似合いそうなほど。車内にぶら下がっている広告だけが、いまいち反りが合っていないように感じた。
電車は静かに発車した。あたしがさっきの乗っていたバスよりもスピードは遅い。それとイスの配置がバスと違って全部内側に向いているため、外の景色が見にくかった。単調なリズムで電車は揺れている。あたしがその揺れにつられて一定方向に揺れる吊皮を見ていると、真由が肩を寄せてきた。
「本当はね。夏に連れてきたかったんだけど」といい、景色を見ていた視線をあたしに移し、ニコっと微笑んだ。「もう・・・教えてもいいよね」と続けて、窓の外に見える函館山のテッペンを指さした。「あそこに行くんだよ」
「山を登るの?」
真由は再びあたしの顔を見て「うん、サイコーだよ」と満面の笑みを浮かべた。
「ほうらいちょう、ほうらいちょうでございます・・・」
バスも電車も変わらないんだな、と思いながら、電車を降りる真由の後を追った。するとあたしは道路の真ん中に立つ銅像を見つけた。
「たかだや・・・べい?読めないや」とあたしが首を傾げると、真由が「っだね」っていって坂道を駆けだしていった。あたしはその坂道の先を見上げた。さっきは、低い、という印象だった函館山があたしの眼前に聳え立っていた。
「早くおいでよ、美咲ー」と真由はすでに坂の中腹まで登っていた。
ロープウェーにも乗った。頂上へはそれで一気に登れる。途中、風の音で足が竦んでしまったが、真由があたしの手をずっと握っていてくれたので平気だった。
ロープウェーを降りると真由はまっすぐ建物から出ていってしまった。
「真由、函館の街はあっちだよ」と指さしてあたしがいうと「いいから着いてきなよ。それとまだ絶対に見降ろしたらダメだからね」と念を押された。
頂上から少しだけ降り、20分は歩いただろうか。道でないような道を抜けると小さな草原が広がっていた。こんな山の上にこんな場所があるなんて、と驚きを隠せないでいた。
「千帖敷っていうんだよ。たたみ1000枚って意味だって」といいながら石でできた小屋の中に入り、ベンチに腰を降ろした。そして「美咲、見てごらんよ」と両手を拡げて見せた。
あたしたちが暮らす街・函館が全部見えたのだった。扇形とはよく聞いたが、本当にそうだった。
「私たちは・・・あのヘンだよね」と真由は扇形の右端の方を指差した。
「遠いね」
「そうだね。でもいい町だよね」
あたしは無言で頷いていた。
「で、どうだった今日?喜んでいただけたでしょうか、お嬢様」
「ありがとね。本当に嬉しかったよ」
「あのさ、美咲」
「ん?」
「美咲のご両親のことなんだけどさ」
「うん」
「不可解なのは私も同感だよ。でもそれ以上に美咲は愛されてると思うんだ」
「・・・そうかもね」
「そうだよ。美咲のこと嫌いなら絶対にないでしょ、ああいうプレゼントは」
「・・・そうだよね」
「そうだよ。だから素直に受け取ってあげて」
「真由・・・」
あたしは真由に視線を移し、コクンと頷いた。
「私はさ、お母さんいないから、美咲のそういうの聞くとすごく羨ましいんだ。ウチのお父さんはそういうところ鈍いからさ」
「ごめんね。真由」
「ううん、そんな意味じゃなくて。私、美咲の話を聞くたびに自分のことのように嬉しくなっちゃうんの、でも美咲が淋しそうな表情をすると私も悲しくなっちゃって・・・」
真由は右手の中指で目尻を触った。
「だから美咲には素直に喜んでほしいなって思ってるんだ」
「ありがとう、真由」
真由はゆっくりと首を回し、函館の街を見降ろした。
「今度は夏に来ようね。やっぱりちょっと寒かったね」とチロっと舌を出したのだった。




