第3話
空理車でおよそ20分、ホモ・サピエンス保護施設に到着した。
保護施設はホモ・サピエンスの脱走を防ぐ為、上空1万6000mの位置にある。
上空に浮遊する為に、使用されているのは浮遊装置オオゾラである。
オオゾラは重力が掛かれば掛かるほどに逆に宙に浮くという、反重力物質をうまく利用した装置だ。
反重力物質は、そのままの状態では重力下では制御出来ず、仮にノンエネルギーヒューマンがそれを持つと重力が無くなるところ、すなわち大気圏外まで連れて行かれてしまう。
浮遊装置オオゾラは、反重力物質に人為的にコーティングをすることにより、反重力物質の重力抵抗を抑えた装置だ。この技術により、反重力物質は上空1万6000m丁度で静止するようになった。
浮遊装置オオゾラは近年作られたものでは無く、400年程前に作られたが、用途が無かった。作られた目的が目的だったので当然といえば当然なのだが。
昔、天空城が未だ信じられていた頃、それが無いとわかった者達が、夢の天空城を実現する為に作ったのが浮遊装置オオゾラである。がまさかこんな使われ方をするとは、作った本人達も驚くだろう。
「ここが、ホモ・サピエンス保護施設・・・大きいね、東京ドームくらい?」
チカの質問に6代目ガンドリルが答える。
「チカちゃんの言うとおり、この施設の大きさは東京ドームと全く同じで建築面積46755平方メートル 、収容人数約5万人だ。だが今この施設にいるホモ・サピエンスはわずか400」
チカ、ヤス、そしてガーが驚愕の表情をした。施設の大きさにではなくホモ・サピエンスの数にである。
「ガンドリルさん、400ってことは、それがつまり今のホモ・サピエンス総数ということですか?」
「ヤスくんの言うとおりだ、ホモ・サピエンスは残り400しか居ない。しかもその400の内半数以上がもうすぐ寿命を迎える、まさに絶滅危惧種だろう?」
「ガンドリル叔父さん、ホモ・サピエンスの姿が見えないけど、どこにいるの?」
「ああ、今は運動の時間だから、体育館だろう、行くかい? チカちゃん?」
チカは首肯した。
6代目ガンドリルに案内され、体育館に着いた。
景観は、無機質なコンクリートで、体育館というよりは収容所を思わせる。窓がいくつかあったが、その全てに鉄格子が付いていた。
中に入ってしばらく歩くと、呼吸する音が聞こえてきた。ホモ・サピエンスの呼吸音だろう。
「はぁはぁ、っちょっと休憩いいですか?」
ホモ・サピエンスの少年がすぐ近くのドアから出てきた。どうやら休憩らしい。
姿形は、ノンエネルギーヒューマンと同じだった。
ヤス・チカ・ガーの3人が見る初めての”生きている”ホモ・サピエンスだった。
少年は、3人の姿を認識すると、穏やかな笑みを浮べ言った。
「一緒にやります? 楽しいですよ縄跳び」
「君、ホモ・サピエンスの分際で馴れ馴れしくするな。」しかし6代目ガンドリルは冷たく突き放した。
ヤスには理解出来なかった。ノンエネルギーヒューマンの前身は、紛れも無くホモ・サピエンスだ。いわばあの少年はヤス達の先祖にあたる。
その先祖に対する言葉とは思えなかった。
6代目ガンドリルの言葉は、明らかに差別だった。
「ガンドリル叔父さん、そんな言い方・・・ガー君もそう思っているの?」チカはガーに訊いた。
「俺は・・・」言いあぐねているガーを見かね、6代目ガンドリルが口を開く。
「思っているだろう、お前は私なのだから」
「・・・・・・・・」
ヤスはその時、チカがガーに対して愛想を尽かしたのを感じた。
そんな人だとは思わなかった。そう言葉には出さなかったが、顔に出ていた。兄妹だからこそわかる機微だった。
ガーはそのことに気付かず、バツが悪そうにチカに微笑んだ。
チカは微笑み返したが、心は笑っていないことは明白だった。