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15 腫瘍摘出術

 岩木にも手伝ってもらい、準備を済ませる。

「兄さま、姉さま」

 露子が手術着を持って駆け寄ってきた。


「卵管に腫瘍がある可能性が高い」

「腫瘍……悪性ですか?」


 白い割烹着を身につけながら情報を聞き出す。


「おそらく良性だと思うが……。開いてみないとわからないね」

「摘出手術の場合、ご両親に確認を取ります」

「そうだね。準備をしておこう」


 手術中の判断となれば、弦太郎は手が離せない。


「綾、麻酔はできるだろう?」

「はい」

「じゃあ今日はお願いしようかな。その間に、お父さんには僕が説明しておくよ」

「……わかりました」


 説明を苦手とする綾子には、こちらのほうがありがたい。


「楠本殿、患者を手術台に寝かせました」

「ありがとうございます」


 弟子たちが呼びに来て、2人は土間へ出て行く。腰の上ほどまでの高さの寝台に寝かされた患者は、まだ苦痛に顔を歪めていた。


「今から薬を入れます。すぐに眠くなるので、安心して眠っていてください。次に目が覚めた時には、痛みはなくなっているはずです」


 綾子が麻酔薬を注射する。

 すぐそばで、運んできた父親と後から駆け付けたらしい母親に、弦太郎が説明をする。


「体の中にこぶができている可能性が高いです。このこぶが良いものか悪いものかによって、手術の結果が変わってきます。良いものであればこぶだけを取れますが、悪いものであれば、こぶがついている内臓、今回は、卵巣という臓器ごと取り出すことになります」


「そ、それは、どういう……」

「卵巣を取り出してしまうと、子どもを自然に身籠ることが難しくなります」

「……っ」


 母親の方が顔を歪めた。


「このまま……痛いところだけ取ることはできないんでしょうか、先生」

「もちろん、できるだけこぶだけを取るようにします。しかし、万が一の場合もあることを、理解してください」


 さすがは兄だ。冷静で、的確な説明。綾子ならきっとここまではいかないだろう。


「兄上、麻酔が効きました」


 穏やかに眠りについた患者を前に、綾子が兄を呼ぶ。

 弦太郎が頷き、患者の両親を励まして、手術台に近づいた。


 そっと目を閉じ、長く息を吐く。そしてゆっくりと目を開いた時。それは、厳しい眼差しに変わっていた。


「では、手術を開始します」

 まず、下腹部に触れる。ぐっと押して、コリコリとした感触を感じるところに印をつけて。


「はい、兄さま」

 差し出された弦太郎の手に、露子が小刀を渡す。


 ゆっくり、ゆっくり。


 これは、期限のある病気。一日以内に処置を終わらせなければいけないはず。それなのに、兄は落ち着いていた。


 綾子も焦る気持ちをぐっと抑え込んで、冷静に手伝う。視界を広げ、見えてきたのは。


「……良性だ」

 兄がつぶやいた。ホッと息が漏れた。


「腫瘍だけを摘出する」

「はい」


 これで彼女の人生を狭めないで済む。女性としての幸せだと教えられる妊娠を、この少女から奪いたくはなかった。


 無事に手術を終え、

「兄上、縫合は私が」

 と綾子が名乗り出る。


「わかった。頼んだよ」


 兄の瞳に、優しい光が戻った。不安になっているであろう両親への説明を早くした方がいい。


「露、綾を手伝ってあげてね」

「はい」

 弦太郎はそう言い残して、座敷へ入っていった。


 周囲の物音など気にも留めず、綾子は丁寧に針を動かす。手伝いといっても、これくらいなら露子の手がなくても問題ない。露子もそれをわかっているのか、何も言わず道具を静かに片付けていた。


「……よし」

 綺麗に縫えた傷口に、綾子が満足そうに笑みをこぼす。


「姉さま、気を抜かないでください」

「うるさいですよ。もう終わりました」

「ふふ」


 露子も楽しそうに微笑み、片付けをする。


「患者さんを座敷に寝かせてあげてください」

「は、はい!」

 少し離れて手術を見学していた弟子たちを呼びよせる。


「1つ、いいですか?」

「はい」

 その内の弟子の1人が手を挙げた。


「今のは、どういった病気なのでしょうか」


「卵巣嚢腫茎捻転。卵巣にこぶができたことで、臓器がねじ曲がってしまい、強い痛みを感じる病気です。こぶを取ってねじりをもとに戻す手術をしました」


 割烹着を脱ぎながら、丁寧に答えていく。普通なら弦太郎に聞いているはずだが、今は弦太郎が手を離せないため、仕方なく綾子に聞いているのだろう。


「では、今後の経過はどう見ていくのですか?」

「腹を切った跡はどこまで残りますか?」

「今後の妊娠への影響は」

 それを皮切りに、次から次に質問が出てくる。


「落ち着いてください」

 綾子は驚きながらも、それを顔には出さず、そっと見た。

「姉さま、お顔が怖いです」

 それを見た露子が言う。


「ただ見ただけではありませんか」

「ただでさえお顔が怖いんですから、ちょっと見ただけでもダメです。ほら、みんなびっくりしてるじゃないですか」


 確かに、綾子が一目見ただけで、一気に静まった。


「……私でよければ、質問にはお答えします。が、その前に、着替えさせてください」

「はいっ、もちろん!」

「どうぞ、どうぞ!」


 弟子たちが慌てて道を開ける。


「露、片付けを頼みますよ」

「はい」

 と言った時だった。ふと、玄関の方が目に入る。そこには、隙間からたくさんの目が覗いていた。


「……あれは?」

 綾子が弟子に尋ねる。


「近所の住民たちです」

「騒ぎを聞きつけた人たちから広がって、手術の様子を見ていました」

「……そうですか」


 気づかなかった。それだけ集中していたせいか。それとも静かにしてくれていたおかげか。


「姉さま?」

「なんでもありません」

 全て無事に終わったのだ。気にすることではないと、綾子も土間から上がっていった。


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