表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

1 旅の途中


 大きな大陸の片隅に位置する大神国。自然豊かな土地は、文明は未発達ながらもたくさんの人々が楽しく暮らす国だった。




 深い森の中。その山道を、3人の兄妹が歩く。

 大きな荷物を担いだ男性が急な斜面を登り、

「露、来られるか?」

 と下に手を差し出した。


 下にいた女性が子どもを抱え、子どもも男に手を伸ばす。子どもを上にあげた後、女も男の手を借りて斜面を登った。


「兄さま、次の里はまだですか?」

「もう少しあるかな。まだ歩けるか?」


 兄と呼ばれた男性が、少し遠くを見ながら答える。


「足が痛いです……」

「露も医術師の子でしょう。そのような泣き言をいってはいけません」


 女が着物の袖で妹の顔を拭った。


「父さまが医術師なのであって、露は医術師ではありません!」

「では、露は医術師にはならないのですか?」


 姉からの当然の問いに、子どもは唇を尖らせると、

「……姉さまは意地が悪すぎます」

 と答えた。


「母様の遺伝かもしれませんね」

「母さまはそんな方ではありません!」

「露は知らないでしょう」


 旅路だというのに、いつもの姉妹喧嘩が始まってしまう。これを止めるのが、

「こらこら、2人とも。こんなところでまで喧嘩なんかしなくても……」

 兄、弦太郎の仕事だった。


「兄上、先を急ぎましょう」

「そんなに急ぐことはないよ」

 兄に止められて不満そうな長女綾子が、すたすたと進む。弦太郎と露子もその後を追った。


 しばらく進むと、

「あ、兄さま! 茶屋が見えました! あそこでお休みしましょう!」

 末っ子露子が、目を輝かせて先を指す。


「そうだな。団子でも食べるか」

「……もったいない」

 財布を握る綾子は、団子に使うお金がもったいないとぼやく。


「そう言うなよ、綾」

 そんな妹の頭を、弦太郎が撫でた。


「いらっしゃい」

「お団子とお茶3つ!」

「あいよー」


 さっきまでの疲労が嘘のように、露子は元気に、茶屋の女将に声をかけ、店先の椅子に座った。


 弦太郎と綾子が追い付いた時、ちょうどお茶とお団子が出てきた。


「おや、珍しいねぇ。その子の親にしちゃ若いが、お前さんたち、いったいどういう関係だい?」


 隣の椅子に座っていた旅装束の男が声をかけてくる。


「兄妹で医術師になるために旅をして回っているんです。世界は広いですからね」

 それに答えるのは弦太郎だけ。露子はお団子に夢中で、綾子はあまり積極的に喋る方ではないから。


「ほぉ、お前さん、医術師かい。ちょいと俺も見てくれねぇか」

「えぇ、いいですよ」

「高いですよ」


 これには、すぐに綾子が反応して、兄の言葉を遮った。

「ただ診るのにもお金がかかります。薬代、払えますか?」


 突き放すような冷たい言い方に、男性は憤慨して、

「なんだい、こいつら! ちょっと見るくらいいいじゃねぇか!」

 と店を出て行ってしまった。


「綾……」

「兄上、薬にも銭がかかります。無駄遣いはおやめください」

 呆れる弦太郎に、綾子はさも当然のように言い返す。


「姉さまは銭の鬼です」

 露子が団子の串をくわえながら言った。


 そこへ、茶屋に男の2人組が入ってくる。

「ほら、着いたぞ。ここで少し休ませてもらおう」

 一人は怪我をしているのか、もう一人の男に腕をかつがれ、足を引きずっている。


「すまんな。ちょいと店先を借りるぞ」

「えぇ、えぇ、かまいませんよ。お連れさん、どうしたんで?」

 茶屋の主人が出てきて、心配そうに尋ねる。


「さっきそこで足を滑らせたんだ。どうも挫いたらしい」

「そりゃ大変だ。挫いただけだったら、温めるといいって聞く。何か持ってきますよ」

「あぁ、助かる」


 店に駆けこんでいく主人に、

「冷やす方がいいですよ」

 と弦太郎が声をかける。


「あぁ、そうだ! あんた、医術師って」

「冷たい水に足をつけていれば、じきに歩けるようになるかと」

「失礼します」


 弦太郎が主人に答えている間に、綾子は椅子に座る男性の足元に身を屈め、足首に触れた。


「骨は折れていません。確かに足を挫いただけのようです。露、薬草を」

「はい、姉さま」


 露子が薬箱の中から必要な薬草を取り出し、すり鉢ですり潰して姉に持っていく。

 綾子はそれを躊躇いなく患部に塗り付け、布で丁寧に巻いた。


「水で冷やすだけより、治りが早いと思います」

「あ、ありがたい……。薬代はいくらだ?」


「いくらなら払えますか?」

「え? えっと……」

 怪我をしていない男が、慌てて懐を確認する。

「すまん。これから旅にいくらかかるかわからんから、これくらいしか……」

 と銭を数枚取り出す。


「では、それでここのお団子を1つ買って、妹にやってください」

 男が差し出した銭であれば、団子の10本くらいは買えるだろう。しかし綾子は、1つと言った。


「え、それだけ?」

 当然男も驚く。

「えぇ」


 もう興味がないのか、綾子は薬箱を片付けながら答える。

 男は戸惑いながら団子串を買い、露子に渡した。


「ありがとうございます!」

 露子は笑顔で礼を言って、嬉しそうにかぶりつく。


「妹たちが申し訳ない。お代は十分ですよ」

 弦太郎が丁寧に頭を下げた。


「露、座って食べなさい。はしたないですよ」

「ふぁーい」


 綾子に注意された露子が、とととっと椅子に駆け寄って座る。


 本当に困っている人がいれば、綾子は惜しみなく薬草を使い、喧嘩ばかりの姉妹が団結する。

 いつもそうであってほしいという弦太郎の願いは、なかなか叶わないものだった。




 日が暮れてくれてきて、その日は途中にあった簡易的な旅籠に泊まることにした。


 広い土間で大勢の旅人が雑魚寝をする旅籠では、満足に休むこともできないが、雨風をしのげるだけ十分だ。


「姉さま……」

「ここにいますよ」


 心細そうに姉を探してすり寄る妹に、綾子はそっと答えて頭を撫でる。


 生まれてすぐに母を亡くした露子にとって、姉は母親代わりとも言える存在。だからいまだに、眠い時に甘えるのは、兄ではなく姉だった。


 なんだかんだと仲のいい姉妹の様子を見ながら、弦太郎は背中を壁に預ける。


 隣に座った綾子も、兄の肩を借りてうつらうつらと船をこぎ始めた頃、


「へへ……」

 周囲の男たちが、いやらしい目つきを向けてくる。


 妹が事件に巻き込まれてはいけない。睨みをきかせるため、弦太郎は休めそうにはない。それでもかまわなかった。


『弦……。あなたは、強い子。どうか、妹たちを、守ってあげてね』

 弱った母が、家族が寝静まった夜に、心配で起きてきた弦太郎に言った。


『弦太郎、頼んだぞ』

 老いた父が、最後に放った言葉。


 両親のこの言葉が、妹たちを守りながら旅をする弦太郎を支えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ