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「なによ」

 こちらを向く少佐の顔を見て、クロエはむっとして言った。

「開いた口が塞がらないって顔ね」

「開いた口が塞がらねぇんだよ、バカ野郎」

 ひどい脱力感を隠そうともせず、少佐が答える。

 戦闘中は敵の動きにばかり気を取られてまともに見ていなかったが、「(ひつぎ)」から出てきた鎧を装着したクロエの変貌ぶりには唖然とした。

 背丈は少佐よりやや低いくらい。何らかの装甲とおぼしき表面処理に覆われつつも、女性的な艶やかなプロポーションを隠しもしない。洗練された美女には事欠かない〈帝都〉でも滅多にお目に掛かれないような見事なラインで、〈同盟〉圏ほど開放的ではない〈帝国〉成年男子としては目のやり場に困るほどだ。

 少佐は端的に訊ねた。

「お前、大人か子供か、どっちなんだ?」

「なによ、女に面と向かって歳の話を訊くわけ?」

「そんなレベルの話をしてるんじゃない、ってのは判ってるよな?」

 その問いに、クロエは小さく舌を出してそっぽを向いた。それを見て、少佐は真剣にこいつを殴りたいと思ったが、自重する。だがその仕草は、少女の姿の時よりむしろ幼くも感じられ、ますます持って実年齢が判らなくなる。

 いや、この際、こいつの実年齢が幾つかなんてのはどうでもいい。

「だいたい、何なんだ、その格好は?」

「これは……あたしの『(ひつぎ)』よ」 

 豊かな胸許に手をあてたクロエが、どこか(かげ)のある笑みで呟く。

「? あの『(ひつぎ)』の中身がそいつだったってのか?」

「……まぁ、そういう解釈でもいいわ」

「解釈って、お前な──」

「クロエ君!」なおも問い詰めようとする少佐をさえぎり、博士が駆け寄ってきた。

「クロエ君、これが……これが君の今の本当の姿なのか?」

「いいえ、博士」クロエが哀しげに首を振る。

「もう、本当の私の姿なんてないんです。この『(ひつぎ)』を受け入れると決めたときから」

「バカな。責めを負うべきは、わたしであるべきなのに──」

 その時、不意に一発の銃声がフロアに鳴り響いた。



 博士の痩せた身体がぐらりと揺れ、膝から床に崩れ落ちる。

 軍曹が即座に自動小銃を構え、生き残っていた敵兵へフルオートで銃弾を叩き込んだ。

「博士!」

 クロエが抱き起こそうとするが、博士の口からは多量の血が吹きこぼれた──内臓の、しかも動脈を派手に断ち斬られたか。地上(おか)で、すぐに外科手術が受けられるならともかく、敵に制圧された船内(ここ)では手の施しようがない。

 喉を逆流した血が気管を(おか)すのか、ごぼごぼと喉を鳴らす。

「博士、ダメです! 喋らないで!」

 クロエが取り乱すように博士の傷口を押さえる。だが、左脇腹から侵入し、肺と臓器を傷つけたライフル弾は、心臓のすぐそばに子供の握り拳ほどの射出口を作っていた。クロエがいくら押さえても、出血は止まらない。

 それでも必死で博士の傷口を押さえるクロエに、少佐はもうやめろ、と言いかけ、喉まで出かかったその言葉を呑み込む。

 クロエへの同情からではない。何かひどく理不尽な苛立ちを覚えていた。

 ついさっきまで、ここでヒトをコロしていたお前はどうした。自動的に殺戮を重ねる自分を受け入れていたのじゃないのか。身近な人間が死にかけているくらいで、何でそんなにうろたえる。お前は「そっち」じゃないだろう。それではまるで──まるで、「人間」じゃないか。

「………………」

 だが、結局、その苛立ちを口にしなかった。それは、そもそも目の前のこの女に、自分が知らぬ間に何かを託しかけていたことに気付いてしまったからだ。

 戦時任官の「やっつけ少佐」とはいえ、大戦中に上げた勲功からすれば、戦後も正規の出世コースに乗って〈帝都〉の陸軍省ビル内の安全(セキュアー)清潔(デオドラント)なデスクと地方の連隊とを往復して、高級軍官僚として判りやすい立身出世の人生を目指すことも出来た。これまでの軍人生活で培ってきた貸しやコネを使えば、今からだって遅くない。

 だが、それをせずに唯々諾々とこんな割に合わない火消し屋稼業を続けているのは、いくら上っ面を取り繕ったとしても、自分が平和な市井の生活に馴染めるとはとても思えなかったからだ。スウィッチが入れば自動的に殺戮を開始する自分のような人間が、街中で「誤作動」を起こせばどうなるか。

 それを(おそ)れながら、しかし自裁しようなどという殊勝な気持ちには露ほどもなれず、自動駆動で漂流し続けるその身に無批判に乗って、今もこうして目の前でヒトの死を何の感動もなく眺めている。

 この得体の知れない機械仕掛けの娘も、自分と同じ人種だと感じていた。いや、わずかなりとは言え、そうあって欲しいと願う自分がいたということなのか。

 だが、まるで「人間」のように半狂乱で死に逝く老人の身体を揺するクロエの姿に、どこかほっとしている自分もいる。

 理不尽なのは、むしろ俺の方か……。

 少佐はクロエの肩に手を置いた。

「もう、いい」

 はっとクロエが顔を上げる。機械仕掛けのくせに、その両瞳は真っ赤に泣き腫れ、子供のように顔を崩している。

 少佐はもう一度、繰り返すように言った。

「もう、逝かせてやれ」

 クロエの腕の中で、すでに博士は琴切れていた。

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