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「……敵はこちらの想定以上のスピードで船内の検索を進めています。ここが見つかるのも時間の問題かと」

「いいさ。見つかる前に次の拠点(ベース)に移動する──で、結局、何人くらい、乗り込んできてるんだ」

「二箇小隊──100人弱ってところですか」

「豪勢な話だね、どうも。団体さんでお空のナイト・クルーズか。6課 (ウチ)でも慰安旅行先に提案してみるか」

「将軍は面白がって乗ってくるでしょうが、経理のチャン女史で引っかかりますよ」

「だろうなぁ。そこをどう突破するかだよなぁ」

「あんた達……」のんきな漫才に興ずる少佐と軍曹に、腰に手を当てたクロエが呆れたように言った。

「自分たちの置かれた状況、判ってる?」

「勿論」少佐は軍曹が持ち込んだ軍刀(サーベル)の鯉口を切って、鞘からの抜き差しを確かめながら答えた。

「その辺のハイジャック犯相手にするつもりで持ち込んだこんな装備で吶喊(とっかん)したくねぇな、というくらいには」

「バカじゃないの」

 吐き捨てるようにクロエが言い放つ。

「……言われちまったな、軍曹」

「言われてしまいましたね、少佐」

 とぼけた表情で軍曹と顔を見合わせた少佐は、溜息ひとつついて軍刀(サーベル)を壁に立てかけた。

「じゃあ、まじめに状況分析でもはじめますか」

 拳銃や対人手榴弾など、酒瓶のケースをひっくり返して作った即席のテーブル上の装備品を脇にどけ、船内マップのパネルを置く。通路に貼ってあったのを、勝手に引き剥がして持ってきたものだ。

「まず、我々がいるのが、ここ──五層ある甲板の下から三層目、客室第2甲板中央付近ボイラー室そばにある資材用具室。おそらく改修工事か何かの際にできた不要空間を流用したもので、船内マップには載っていない。多少の時間は稼げるだろう」

 博士たちより先に乗船した少佐と軍曹は、船内をくまなく廻ってこの手の空間を徹底的に調べ尽くしていた。単純に逃げ廻るだけなら、勝算はなくはない。

「敵勢力は船外に装甲ジャイロが一機以上、付近の空域に駆逐艦(デストロイヤー)クラス以上の飛行艦が一隻以上、強襲接舷用の連絡挺(ランチ)が一隻、この船に乗り込んできた制圧用の兵員が一〇〇人弱と推定される。

 兵員の練度は高く、無防備の民間人への発砲もためらわない半面、無駄な発砲や暴力の行使は抑制されている印象を受けた。空軍の陸戦隊か陸軍(ウチ)特殊部隊(コマンド)クラス──いずれにせよ、かなり高度に統制されたプロフェッショナルだと判断される。つけいる隙があまりない、手強い連中だ。

 で、そいつらの目的だが──」

 少佐は博士に寄り添うように立つクロエへ視線を向けた。

 その視線にクロエは苦笑して答えた。

「あたし、ってことなのね」

 少佐はクロエの視線を無視し、博士に向かって告げる。

「……連中は他の人間には目もくれず、黒髪の女の子ばかりを探していました。状況から考えて、こちらのお嬢さんを探していると考えられます──しかし、あまり驚かれてないようですね」

 少佐の問いに、博士は呻くように言葉を洩らす。

「私が同行することで、彼らも無茶を控えると思ったのだが……」

「まるで、彼女の『亡命』に博士が付き合ったかのように、聞こえますが」

「そのとおりよ」

 あっさりとクロエは肯定した。

「そもそも、君は何者だ?」

 少佐はストレートに訊ねた。

「さっき博士が言いかけたのを聞こうとしなかったのは、そっちの方でしょ」

「……世界を裏から支配して、自分たちの都合で戦争引き起こす、世の中よりはるかに高度な科学技術を持った秘密結社。君はさしずめ、その組織のお姫さまってところか」

「そうね。当たらずとも、遠からずってとこかしら」

 少佐は深々と溜息をついた。

「……軍曹、お前ならきっと信じてくれるだろうが、俺にもそんな古臭い軍事探偵小説みたいなロマンチックな設定に憧れた時代があるんだ」

「判ります。男の子はみんなそうです」

「まぁ、女と仕事は幻想をなくしてからの方が味わい深いんだが」

「少佐、何気に物言いが下品です」

「おっと、失礼」

「……あんた等、まじめに人の話を聞く気ないでしょ」

「いや、まじめに、と言われてもな」少佐は投げきった口調で答えた。

「いい歳した大人の男には、口にすることさえ勇気のいる言葉ってのが少なくないんだ、お嬢さん」

「………………」

「まぁ、いっそ大富豪の遺産継承者で、命を狙われてるとでも言ってくれるならばまだしも」

「じゃぁ、訊くけど──」クロエは冷ややか告げた。

「あなたの知ってるこの国の大富豪に、よりにもよって中原(ハートランド)の真上で〈帝国〉の威信に真っ向から泥を塗る度胸のある奴がいる?」

「………………」

〈帝国〉はその覇権の拠り(どころ)を兵に在りとする。故に〈帝国〉の国事法では軍を「第一の社会資本」とし、これを毀損(きそん)する者の罪をもっとも重く問う。

 そしてそれだけに、〈帝国〉三軍は中原(ハートランド)への敵の侵入や叛乱騒擾の発生を何よりも嫌う。大戦末期にたった一隻の〈同盟〉爆撃艦の侵入を見過ごし、みすみす〈帝都〉空爆を許した空軍は、直後に自裁した空軍参謀長を筆頭に、のちに「空軍省の大虐殺」と称されるほどの数の将官が失脚する羽目に陥っている。

 戦後のこんな時期に、中原(ハートランド)上空でのこんな公然たる武力行使を見過ごせば、空軍の存在理由すら問われかねない。これが陸軍や海軍の仕業とみなされれば、彼等はためらうことなく内戦の口火を切るだろう。それが判っていてこんな無茶をしでかす〈帝国〉軍人はいない。ましてや、陸軍の人間なら、今はどんな高空を飛んでいても、いずれどこかの大地に足を下ろさざる得ないことを知っている。そこが大地の裏側、敵地のど真ん中だろうと、そこに部隊を送り込む方が、空軍の縄張りに殴り込みをかけるよりはるかに気楽な任務のはずだ。

 ましてやクロエの指摘するとおり、民間の「大富豪」如きが、たかが「お家騒動」でここまでやる度胸なぞあろうはずがない。

 ならば〈同盟〉を始めとする諸外国の軍隊と言うことになるが、これも個別の暗殺だのテロだのならともかく、ここまで公然とした軍事行動を行えそうな兵力投入(パワープロジェクション)能力を持つ国は〈同盟〉本国くらいしか考えられない。しかし事が事だけに、露見すれば、確実に「宣戦布告なき戦争行為」として扱われる。当然、この場だけの話では済まないから、本国でも全面戦争に備えた軍配備を進めているはずだ。しかし今のところそうした情報はなく、そもそも今の〈同盟〉の置かれた政治経済状況を考えても、とてもそんな冒険に踏み込む余力はないはずだ。

 後は〈帝国〉の治世下で弾圧されている民族系分裂主義者か宗教カルト組織、共和主義者に無政府主義者(アナーキスト)──どれも、金も力も人も知恵も足りず、それ故に当局から手っ取り早い点数稼ぎの対象として弾圧されている間抜けな連中 (パブリック・エネミー)どもだ。こんな組織的で末端まで神経の行き届いた軍事行動など、思いつくことさえ出来ないだろう。

 そこへ加えて、それだけの大胆不敵な組織がここまでして捜しているのが、小娘ひとりときた。

 支離滅裂にもほどがある。自分が事態に捲き込まれた当事者でなければ、とっとと布団でもかぶって寝ているところだ。

 その意味で、クロエや博士の言うような、落ちこぼれの少年が教室の片隅で授業そっちのけで書き殴る妄想ノートのような話が一番しっくりくる。

 ……なのだが、三〇過ぎの良い歳した大人が、そんな話を「はいそうですか」と受け入れられるかというと、それはまた別の話なのだった。

 明らかにテンションを下げている少佐と軍曹に、

「……口でいくら説明しても無駄のようね」

 溜息混じりに洩らしたクロエは、ごく自然な動きでテーブル上の拳銃を?み、消音器付きの銃口を自分の胸元に向けた。

「……って、おいっ! バカ、やめろ!」

 止める間もなく、引き金を引く。くぐもった破裂音。少佐が小さな手の中の自動拳銃を取り上げる頃には、既に数発の銃弾がクロエの薄い胸板に叩き込まれていた。

 その場に崩れ落ちるクロエを、少佐はとっさに支えて叫ぶ。

「おいっ、しっかりしろ!」

 子供の手の届く場所に銃を放り出しておくなぞ、軍人以前に銃を持つ大人として最低のミスだった。痛恨、と言っていい。この程度の危機に動揺して判断が抜けていたとなれば、この後の行動すらおぼつかなくなる。何より、子供に目の前で死なれるのは、何度経験してもそうそう慣れるものではない。

 胸の内で自身を激しく責めつつ、クロエの華奢な身体を揺さぶる少佐に、博士はひどく穏やかに告げた。

「落ち着きたまえ、彼女は無事だ」

「無事って、博士──」

「彼女の筐体(ボディ)は、そう簡単に壊れない」

「は?」

 何を言ってるのか。問い返しかけて、強烈な違和感──血の匂いがしない?

「博士の言うとおりよ」

 自分を抱く少佐の腕が?まれ、クロエの声が聞こえてくる。

 驚いて見下ろすと、クロエが目を細めて微笑(わら)っている。

「な……お前……っ!?」

 驚く少佐の前で、クロエはドレスの胸元を開き、薄いふくらみを見せる。穴の空いたキャミソールをまとった白い肌には、傷ひとつついてない。

機人(マシーナリィ)……いや、身体まで機人化なんて、それもこんな小さな子供の──」

 戦火の拡大によって激増した傷病兵の生活復帰や戦場復帰を促すため、軍主導で推し進められた機人化政策──であるが、現実問題として失われた四肢の置き換えと、そこからの延長として車輛等との接続操作に留まり、内臓器官の置き換えや強化には至っていない。人体程度の大きさの筐体(ボディ)では、生存に必要な人工臓器を収めることできないからだ。

 ましてや子供の身体に──しかも、こうして抱いていて、体重はこの年頃の娘と、さほど変わらないように感じられる。肌の質感も美しく、産毛の(たぐい)まで再現され、触れていて(ぬく)もりすらある。これで拳銃弾を至近距離から撃ち込んで、傷ひとつつかない強度まであるとは、どういう技術なのだ?

 だが、しかし、こんなものが存在するなど──

「まだ信じられない?」クロエは少佐の首にその細い腕を絡めると、悪魔のような蠱惑的な微笑で囁いた。

「なら、あたしの()をよく見なさい」

 命ぜられるままその()を覗き込む。人間そっくりの極めて精緻に造り込まれたその瞳彩の奥に、生身の人間には在るはずのない人工的な回路の存在と、何かの製造コードらしき微細な文字列が見えた。

「………………っ!?」

「ま、そういうことよ」

 絶句して硬直する少佐の腕の中からするりと抜け出し、クロエは床に足をついて言った。

「これで判ってもらえたかしら?」

「……待て、いや、ちょっと待て!」くらくらとした目眩に襲われながら、少佐は何とか目の前の現実を受け留めようと必死に踏みとどまる。

「つまり何か? 奴等はお前のその身体を狙ってるっていうのか」

「ちょっと違うわね。連中が狙っているのはあたし自身と──」

 はだけた襟元に手を当て、クロエは再び瞳を猫のように細めて告げた。

「あたしの『(ひつぎ)』よ」

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