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〈アリーズ〉を襲撃した装甲ジャイロは二機──一機は少佐の目撃した機体で、二発の空対空ミサイル(AAM)を操舵室(ブリッジ)に叩き込んだ。近接信管が作動し、操舵室(ブリッジ)すぐそばで炸裂した弾頭は、金属スラグの暴風で操舵室(ブリッジ)とその下の通信キャビンを捲き込んで、そこにいた船長以下の主要航海員と操舵機器を挽き(ミンチ)に変えた。

 もう一機は〈アリーズ〉の下部に廻り、そこに張られたレーダーや通信用のアンテナを、機首の動力機銃で順番にへし折ってゆく。

 一方、操舵室(ブリッジ)を襲った機体は、〈アリーズ〉のゴンドラの左右に張り出している併せて六発の推進用プロペラ・エンジンめがけて再び空対空ミサイル(AAM)を発射──これをすべて吹き飛ばした。

〈アリーズ〉はこうして頭と手足をもがれ、目も耳も奪われた。

 超高度の高速(ジェット)気流の中で、〈アリーズ〉は漂流を開始した。



「少佐、どうされたんです!?」

「……ま、いろいろあってな」

 博士たちの待つ船室にたどり着いた少佐は、驚く軍曹を脇に押しのけ、室内に足を踏み入れた。

「君、その格好は……?」

 軍曹同様に驚く博士の問いを無視し、少佐は告げた。

「すでにお気づきかと思いますが、敵の攻撃を受けています」

「テロですか?」

 訊ねる軍曹に、少佐は首を横に振った。

「いや、機外の装甲ジャイロからミサイルを撃ち込まれた」

「装甲ジャイロ!? この高度で、ですか?」

「そうだ。目の前でミサイルをぶっ放された。だが、撃墜するつもりなら、そのまま撃ち落とされてる──次は陸戦隊を送り込んでくるぞ」

「陸戦隊!? しかし、どうやって……?」

「装甲ジャイロが地上からこの高度までそのまま上がってきたとは思えんし、襲撃の直前に強力な電波妨害とおぼしき攻撃も受けてる──近くに母艦がいるのは間違いない」

「しかし、中原(ハートランド)上空で海賊行為だなんて。空中艦隊の哨戒圏のど真ん中ですよ」

「さてね。当の空軍さんがその海賊じゃないって保証も、今のところないしな」

 さらりと身も蓋もない可能性を口にすると、少佐は博士とクロエの方に向き直った。

「立ってください。移動します。窓際の部屋は危険です」

「敵の狙いは我々なのかね?」

「判りません。他にめぼしいVIPが乗ってる様子もありませんが、今の時点ではすべてはただの予断でしかない。

 ともあれ、我々の任務は貴方がたを無事に〈帝都〉まで連れ戻すこと。必要とあらば迎撃もする──軍曹!」

「はっ」

「状況9(ケース・ナイン)だ──装備を確保して、合流ポイントへ来い」

「さすがに装甲ジャイロに対抗できる装備までは、持ち込んでませんが」

「いいさ。手持ちの装備で何とかするのが、いつもの我々の流儀だ」

 飄々と言い放ち、少佐は博士の手を取った。軍曹は既に踵を返して走り出している。

「この部屋の場所が知られている可能性もあります。ゴンドラの中心部に移動して、そこで──っ!」

 不意に床が激しく揺れた。ゴンドラの後方から、突き上げるような衝撃──強行接舷された!?

「お出でなすったか」

 少佐の口許が凄みのある形にほころぶ。

「……だから手遅れだって言ったのに」

 小さく呟くクロエに、少佐は訊ねた。

「何か知ってることがあれば教えてもらえるかな、お嬢さん」

「ええ、機会があればその内にね。──参りましょう、お爺様」

 博士の手を取って、クロエが部屋を出る。

「……ま、楽しみが増えた、ってことにするさ」

 だが、それを口にする少佐の(かお)は、野生の鷹にも似た鋭さを帯びていた。



〈アリーズ〉の後部接続扉が爆薬で吹き飛ばされた。

 分厚い気密隔壁が破壊され、白い爆煙越しに大きな黒いシルエットが見える。

 対する〈アリーズ〉側も、復員兵上がりの勘のいい警備員達が、敵の接舷強襲を予期して集結し、寄せ集めの遮蔽物の陰で息を潜めていた。〈帝国〉と〈同盟〉とを問わず、大戦中は空軍陸戦隊による彼我の荷客飛行船への臨検や接舷強襲は日常茶飯事だった。場数を踏んだ空軍兵上がりなら、次に何がくるかぐらい先刻承知の上だ。

 警備隊長の号令に合わせ、警備員達が一斉に発砲する。とは言え、所詮、装備は拳銃どまり。放たれた銃弾はシルエットの表面で火花を放ち、すべて弾かれた。

「装甲……強化外装骨格(エクソスケルトン)? だが、あんな小さなサイズで──」

 唖然とする警備隊長の眼前で爆煙が晴れ、被弾径始の高そうな丸みを帯びた人型の金属体が姿を(あらわ)した。

 と、金属体の両腕が振り上げられ、そこに仕込まれた動力機銃が唸り声を放つ。

 拳銃弾より遙かに破壊力のある機銃弾が、急拵えの遮蔽物を易々と貫いて警備員達を殲滅(せんめつ)する。

 わずか数秒でロビーの警備員は掃討され、金属体の背後から、武装した兵士達が次々に雪崩込んでくる。いずれも全身を濃灰色の都市型迷彩の戦闘服で固め、頭部には軍用よりもスポーツ用を思わせる小さなヘルメット。胸部は防弾性能も考慮された戦闘用ベストを装着し、肘や膝にもプロテクターがついている。鼻から口許までは紺色のマスクで覆って、目許は防弾グラスを装着──露出が一切無く、外見からは個々の兵士の区別がまったくつかない。

 それでも指揮官らしき兵士が右腕を高く掲げ、指の仕草だけで指示を下す。兵士たちは声も無く隊列を分かち、それぞれ小走りに走り出す。

 その動きに一切の無駄はない。獲物めがけてしなやかに躍動する一匹の獣のように、兵士達は船内各所へ襲いかかった。



 兵士達は複雑な船内通路を誰ひとり迷うことなく走り抜け、それぞれに目標へと辿りついた。

 その内の一隊──船内中央部のホールに突入した一隊は、異変に気付いて集まってきた乗客たちの頭上に威嚇の発砲を行った。

「全員、その場に伏せろ!」

 指揮官格の兵士が大声で命じる。だが、その命令が理解できないのか、誰もその場から動こうとはしない。

 即座に兵士のひとりが、すぐそばで立ちすくむ女性客に自動小銃を撃ち込む。悲鳴を上げる間もなく、撃たれた彼女が床に折れ崩れる。

「全員、その場に伏せろ!」

 先刻とまったく同じ抑揚で指揮官が同じ台詞を繰り返す。

 ホール内にいた乗客たちは、一斉に床に伏せた。



「……あーあ、皆さん、ガチガチの玄人筋さんですか、そうですか」

 消音器(サイレンサー)を装着した私物の自動拳銃を両手で保持しつつ、通路の端からホール内を覗いていた少佐は、暗澹たる気分で呻いた。

 ある程度予想はしていたが、敵兵の動きはその辺の復員兵を掻き集めたチンピラ空賊の(たぐい)とは完全に一線を画していた。兵士一人ひとりの動きに無駄がないだけでなく、それぞれが連携し、視界と射界を有機的に共有(カバー)している──たっぷりと訓練を積んで編成した「部隊」の動きだった。

 しかも装備にも金が掛かっている。だいたい彼らがぶら下げてる自動小銃からして、大戦末期に正式採用されたものの、戦後の縮軍のあおりで部隊配備が遅々として進まない最新鋭の銃だった。しかも、木製だった銃床(ストック)を金属にして折り畳み式にし、狭い空間でも振り廻しやすく改良されたカービン・タイプ──あんなタイプ出てたか?

 空軍さんの陸戦隊か……だが、兵士や部隊の動きの癖は、陸軍の歩兵部隊のものに近かった。銃の持ち方ひとつ見ても、陸軍の歩兵と空軍の陸戦隊、海軍の海兵隊でそれぞれ違うのだ。

 とは言え、陸軍や海軍の部隊で、こんな空の上に兵士を送り込む能力を持った部隊が編成されたなどという話は聞いたことがない。

 勿論、極秘裏に設立された部隊であるにせよ、これほどの規模と練度の部隊を噂ひとつ立てずに編成するなどありえない。部隊を編成するには金と人を動かす必要があり、金と人が動けば組織内にそれなりの波風が立つ。仮にも特務第6課は軍事諜報機関なのだ。世間一般の目は誤魔化せても、彼らのアンテナまでは誤魔化せないはずだ。

 にも関わらず、「正体不明」の敵が明確な脅威としてそこに在る。

「………………」

 煮詰まった──ひとまず正体探しは後廻しにして、敵の目的を先に考えることにする。

 改めてホールに目をやると、その場を制圧した敵兵は床の乗客を次々と引き起こしている。誰かを探しているようだ。

 博士を探しているのか?

 だが、兵士達が探しているのは老人ではなく、子供──それも、長い黒髪の小さな女の子ばかりを探しては、無理やり引き起こして顔を確認している。

 女の子……?

 約一名、同じ条件の適合する身近な少女の存在を思い出し、少佐は眉根を寄せた。

 何だ、そりゃ。

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