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 後を軍曹に託し、少佐はゴンドラの前部、操舵室(ブリッジ)のすぐ下にある通信キャビンに向かった。

 客室乗務員(パーサー)に身分証明証(ID)を見せ、個室電話の使用を申し出る。本来ならば目が飛び出るほど高額の使用料を請求される個室電話のブースに入ると、受話器のスピーカーとマイクを取り外し、代わりに内懐から取り出した音声暗号器と復号器を装着した。特務第6課技術班特製の秘話装置だ。この装置を使えば、傍受されても会話は(ひず)んだ雑音(ノイズ)にしか聴こえない。

 秘話装置についてるダイヤルを暗記しているこの日のコードに合わせ、電話の打鍵(キィ)を叩く。

 しばらく呼出音が続いた後、受話器の向こうでリレーが切り替わるスウィッチ音。それが幾度も繰り返される。

 回線が繋がるまで、目の前の丸い窓からぼんやりと外を眺める。既にとっくに陽は落ち、冴え冴えとした月明かりが超高度の夜空の闇を照らしている。この分厚い気密ガラスの向こうは、酸素の極端に薄い氷点下の大気が高速で吹き荒れている。生身の人間が裸で飛び出せば、瞬く間に低酸素症か凍傷で死に至る。窓ガラス一枚を挟んで広がる美しい世界は、冷ややかな死の世界でもあるのだ。

 そんな窓の外の景色を眺めながら、特に意識するでもなくシガレットケースを取り出してタバコをくわえ掛けた頃、回線が繋がった。

『はい、こちら鷹の巣 (イーグル・ネスト)』

 やや舌足らずな若い娘の声──6課の事務職勤務のチュン・ニ伍長である。ほとんどの正規要員が〈帝国〉全土に散らばり、一年中出ずっぱりな特務第6課の本部連絡(おるすばん)要員だ。

「こちら若鷹(ヤング・イーグル)──なぁ、この間抜けな暗号名(コード・ネーム)考えたの誰だ?」

『将軍です』

「……だろうな」

『子供の頃読んでた軍事探偵小説の主人公が使っていた暗号名だそうで』

「いっそ死ね、って伝えといてくれ」

『やですよ。自分で言ってください。だいたい二年も〈帝都〉に寄り付かないで、何やってるんですか?』

 能天気な伍長の問いに、少佐は思わず声を荒げた。

「全部、あの親父の所為だろうが! 誰がすき好んで、洒落にならん辺境のどさ廻りを何年も続けるか!」

『……怒んないでくださいよ。大きな声出さなくても聞こえてますって』

 まぁ、いい。どうせ経費で落とすとはいえ、こんな無駄話を続けるためにバカ高い回線使用料を払っているわけではない。

「対象の身柄を確保した。この後の停泊所(ステーション)で適当に地上(おか)に降りて、陸路で〈帝都〉を目指す」

 具体的な停泊所(ステーション)名を口にしなかったのは、情報が洩れることを恐れたためだ。現時点では少佐自身もどこで降りるか決めていない。ことが次期参謀総長の座に関わるだけに、仮想敵のリストは陸軍内部の身内から埋まってくる。どこで誰が敵に廻るか知れたものではない。直属の上司である6課課長フィン・タン少将でさえ、状況次第では敵に廻りかねないと少佐は見ていた。

 ……まぁ、そこはお互い様だし、その意味で彼は自分の上司を「信頼」しているということでもあるのだが。

『了解しました。地上(おか)に降りた時点で、改めて連絡をください。現地付近で使用可能な資産(アセット)を手配します。

 それで、博士の様子はいかがですか?』

「様子、ねぇ……」手元のタバコをいったん口にくわえたものの、船内禁煙を思い出し、諦めて名残惜しそうに口から取って告げた。

「抵抗がなさそうなのは有難いが、あれは使い物になるかどうか判らんぞ」

『何ですか、それ?』

 少佐は先ほどの博士とのやり取りを、ざっと説明した。

『……え~っと、それはまた──』回線の向こうで、伍長がどん引きしているのが伝わってくる。

『この作戦、結構、気前良く予算も人員も使っちゃってるんですけど……』

「知らねえよ、そんな話。……まぁ、博士の身柄をこちらが押さえてるってだけで、使い道はいくらでもある。無駄にはならんさ。

 それより、博士にくっついてるあの娘、ありゃあ何だ?」

『娘……? 女の子ですか?』

 少佐はクロエの特徴を手短に伝えた。

『う~ん、ちょっと待ってください』手元の資料をめくっているのか、紙を擦る音が聞こえる。

『こっちの資料だと、博士の息子さんは大戦初期に西部戦線で戦死して、ひとりいたお孫さんも終戦間際に亡くなられてますけど……』

「博士は戦災孤児を養子として引き取ったと言ってたぞ」

 勿論、そんな説明(タワゴト)、頭から信じてはいない。あの場では揉め事を避けてそれ以上突っ込まなかっただけだ。

『それらしい記録は特にありませんね。それに連絡船(シャトル)に乗るまで博士はひとりだったと報告にあります』

「それは前にも聞いた」

『念のため、もう一度確認してみます。でも、報告に間違いがなければ、連絡船(シャトル)内で合流したんじゃないかと……』

 そのくらいは誰にでも想像がつく。つまり、何も判らん、ということか。くそ。少佐は胸の裡で(ののし)った。

 しかし、とするとあの娘は何だ? 謎めいたあの物言い自体は無視していいとしても、いるはずのない存在が異物として存在している事実は無視できない。それもいつ荒事になってもおかしくないこの局面で。そもそも、彼ら二人がここにいること自体、かなり差し迫った状況だと将軍が判断していることを意味しているというのに。……。

 いやな空気だな……。

 少佐は手元のタバコを再び口にくわえた。

 こういう場合、大抵、場が荒れてめちゃくちゃなことになりがちだった。

「とりあえず、連絡船(シャトル)の乗客名簿をもう一度洗い直してくれ」

『判りました。他に何かありますか?』

「そうだな……」

 答えながら窓の外へ目をやる。先ほどと変わらぬ、青白い月下の夜空──そこに小さな何かが浮かんでいるのが見えた。

 ……何だ……?

 目を凝らす。徐々に大きくなってくる──いや、近づいているのか。

 人工物──航空機。獰猛な獣の鼻づらを思わせる機首に多銃身の動力機銃をぶら下げ、ずんぐりした機体の両脇には太いエンジン。頭上では腕の長い回転翼(ローター)が旋回している。……装甲ジャイロ?

「なぁ……」

『はい』

「装甲ジャイロの実用限界高度って、どのくらいの高さまでだ?」

 機体の頭上で回転翼(ローター)を廻し、大気を掻き廻して揚力を得るジャイロ機は、本来、もっと大気の濃いはるか低高度で運用されるべき機種で、こんな大気の薄い超高度での運用には馴染まない。そもそもエンジン自体も低高度用と超高度用では、仕組みが大きく違い──ああ、高圧過給器(スーパーチャージャー)でも積んでいるのか。それでエンジン部分があんなに大きく……。

『……それって、今すぐ調べなくちゃいけませんか?』

「いや、それが今、たまたま目の前に飛んで──」

 そこまで言いかけたとき、不意に耳元で強烈な雑音(ノイズ)が炸裂し、思わず受話器を放り出した。

「何だ……っ!?」

 電波障害──自然現象? いや、こんな雲ひとつない晴れた晩に──妨害電波(ジャミング)か?

 そこで窓の外の装甲ジャイロの存在を思い出し、我に還った。

 見れば、先ほどよりずいぶんと近くまで接近した装甲ジャイロの短い両翼から、何かが切り離され、次いで閃光と白煙を吐いてこちらに突っ込んでくる──空対空ミサイル(AAM)!?

 考えるより先に肩からブースのドアに突っ込み、通路に転がり出る。

 立ち上がって床を蹴った瞬間、少佐は激しい衝撃と背中からの爆風に身体ごと吹っ飛ばされていた。

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