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『──で、結局、どうなったんです?』

「何とか地上(おか)に降りれたから、こうして連絡取ってるんだろうが」

〈アリーズ〉船内からかき集めた機材で急拵えの通信機をでっち上げた少佐は、〈アリーズ〉の残骸の片隅に即席の通信室を設け、さっそく6課に連絡を取って状況報告を行った。

 とはいえ、〈大聖堂(カテドラル)〉だの、全身機人の少女だの、「(ひつぎ)」だのという話は触れていない。〈アリーズ〉がテロリストに襲われたということと、博士が死んだという事実のみだ。さすがにそのぐらいの分別はある──というより、説明のしようがないので諦めたと言うべきか。目の前で起きた現実は現実として受け留めるにやぶさかではないが、こんな素っ頓狂な話をいきなり正規の報告ルートに載せる度胸はない。

 まぁ、この件は将軍(オヤジ)に直接話すしかねぇか……。

「で、将軍(オヤジ)は?」

『特務本部長のつきそいで、空軍さんとの緊急会議に出てます。結構、大事になってますよ。〈帝都〉周辺の師団には黄色警報(コンデション・イエロー)が出てますし』

「クーデター並かよ……まぁ、多分に空軍に対するはったりなんだろうが」

『そうそう、後で揉める元だから、空軍と鉢合わせする前にとっとと姿消しとけって伝言が』

「……そうかい。そりゃまた、ご心配どうもって返しといてくれ」

 チュン・ニ伍長との通話を終え、受話器をホルダーに戻して少佐は立ち上がった。



 船上でクロエと別れた少佐は、当初の作戦案に戻って浮力調整室を目指した。

 途中で捕らえられた乗客を救出し、そこから従軍経験のある男性を中心に部隊を編成した。残念ながら現役の軍人はほとんどいなかったが、戦後まだ五年ということもあり、すぐに三〇人ほどの参加志願者(ボランティア)が集まった。彼等に敵から奪った武器などを配り、反撃を開始する。

 そこから先も決して容易に進んだわけではなく、少なからず犠牲も払いつつ、それでもようやく浮力調整室を制圧し、浮力ガスの放出を開始。高度を落しはじめた矢先、クロエから入った無線が「針路を変えろ」というものだった。

 何が何やらよく判らないまま、言われるままに針路を変更したものの、それっきり何の連絡もない。こちらから何度も呼びだしたものの、返事もない。いい加減バカらしくなり、戦闘の中で無線機自体どこかにやってしまった。

 一方、敵の攻撃は、ある時点でいきなり止んだ。

 何かと思って確かめると、敵の兵士達は全員その場で絶命していた。自決したというより、体内に埋め込ま(インプラントさ)れた毒物に命を奪われたらしい。自らも特殊作戦任務のために何度も部隊編成を手掛けたことがあるだけに、これだけの規模と練度の部隊を編成するためのどれだけのエネルギーと時間が必要か、容易に見当がつく。それを平然と使い捨てることのできる組織の凍てついた意志と思考に、少佐は戦慄した。

 それからは、恐れていた船外からの攻撃もなく、〈アリーズ〉は順調に高度を下げ、無事に地上までたどり着くことができたのだった。



 とはいえ、〈アリーズ〉の降りた場所は見渡す限り何もない荒野のど真ん中で、すぐには救援部隊もやって来なかった。

 脚の速さなら空軍の空中艦隊が一番乗りをしそうなものだったが、〈アリーズ〉を失跡(ロスト)したまま落着まで捕捉できなかったらしく、未だに姿も見せない。

 もっとも、だからと言ってこっちも暇なわけではない。怪我をした乗員乗客の手当てや、春先とはいえまだ肌寒い気温の下で夜を過ごさねばならない乗客のために暖や食事を取らせる手配など、災害救難活動としてやるべき作業は山ほどある。

 それらの作業を軍曹や志願者達(ボランティア)に任せ、その合間に通信機材をやり繰りして何とか6課と連絡を付けるところまで漕ぎつけた。ついでに地元の陸軍部隊に〈アリーズ〉の落着地点を通報すると、既に捜索部隊を編成して辺りを探し廻っているという。ほどなく先行する斥候部隊が到着するだろう。

 仮設通信室を出た少佐は、久しぶりの地面の感触を足の裏で確かめながら、胸元からシガレットケースを取り出し、一本くわえると軍用ライターで火を付けた。今度こそ誰憚(はばか)ることなく、胸の奥まで紫煙を吸い込んで、夜明け前の青味を帯びた夜空を見上げる。

 爆音とともに上空を単発のプロペラ機が通過する──先ほどの通信を傍受した、空軍の艦載偵察機か。別に空軍(そちら)には連絡は入れてなかったが、空中艦隊からの救援部隊も遠からず到着するだろう。

 となると、長居は無用か……。

 こんな大事件に陸軍の特務機関員が関与していたとなれば、痛くもない(はら)を探られかねない。実際、大規模なテロや軍事的事件には、あらかじめ何らかの兆候がかなり早い段階で得られたり、あるいは常日頃から運用されている諜報ネットワークのすぐそばで発生することが少なくない。そのため、必然的に特務機関員の姿が事件の周囲でちらつくことも珍しくなく、事件後の捜査や報道機関の調査などでその存在が露見することもある。「諜報(こちら)」の業界人の感覚としては「いて当然。むしろいない方が不自然」なのだが、世間一般はそうは捉えない。特務機関員の存在は、それだけで事件そのものを彼らによる自作自演の謀略と決めつけてしまいがちになる。人間は唐突で不条理な「悲劇」より、人為的謀略による「悲劇」とでも言った方がまだしも受け留めやすいからだ。

 勿論、空軍でも同業者ならその辺の事情も理解してもらえるはずだが、陸軍対空軍という巨大な官僚機構の間の対立構造下では話はまた別になる。「事実」がどうであろうとどうでもいいのだ。対外的に公表して相手の「失点」になりそうなら、何でも利用する──それだけの話だ。

 だから、少佐や軍曹の身柄を先に空軍に押さえられてしまえば、どんな言いがかりをつけられてしまうか知れたものではなかった。将軍が「空軍と鉢合わせする前に姿を隠せ」と命じたのはそのためだ──まぁ、〈大聖堂(カテドラル)〉だの何だのと言った子供の妄想染みた「世界の真実」よりは、そっちの方がよほど説得力があるのは如何ともしがたかった。

 そこまで考え、少佐は苦笑した。

 懐かしき世界へようこそ──複雑な政治的駆け引きが錯綜するこんな謀略戦の世界こそ、自分が本来足を付けていた「地面」だった。

 だが、それは市井の人々の暮らしからは、実にどうでもいい話でもある。陸軍が勝とうが、空軍が勝とうが、日々の暮らしに直結して市場(マーケット)のジャガイモの価格が左右されるわけでもない。その意味で、少佐や軍曹達の生きる世界の「現実」も、クロエの口にする「世界の真実」も、等しく「妄想」扱いされてもおかしくないのだ。

 だとすると、結局は本人がどの「地面」に立って生きねばならないか、という見極めの問題なのか。

 少佐は苦く眉を寄せた。

 何かいまだに足許が揺れているようで、心許ない。きっと長く「地面」に足を付けていなかったせいだ。

 きっとそうだ。畜生。



 少佐の思考は、不意に聴こえてきたクラクションによって破られた。

 見れば、軍用ヴィーグルが一台、目の前に停まっている。その後方に接続されているのは、砲架運搬用の台車──その上に載る白い(ひつぎ)を見て、くわえた煙草をぽとりと地面に落とす。急速に沸き起こる嫌な予感に、少佐はそのまま背を向けて逃げ出したくなった。

「少佐」

 運転席から軍曹が声を掛けてきた。

「軍曹、この車は何だ?」

「地元の連隊の斥候部隊が到着したんで、事情を話して借り受けました。空軍が到着する前にこの場を離れねばなりません」

「それはいい──俺が訊きたいのは、後ろの台車の載ってるこいつは何だって話だ」

「『(ひつぎ)』よ。見れば判るでしょ」

 澄ました声で告げる後部座席の声の主を、少佐は睨みつけた。

「おい、お前はそこで何をしてるんだ?」

「いちいち口で説明しないと理解できないの?」

 怯むことなく視線を返すクロエは、いつの間にか再び少女の姿に戻っており、しかもこれもどこでどう見つけてきたのか、初めて会ったときと同じような黒いドレス姿。髪の両のおさげもしっかりリボンで結んでいる。まるで何事もなかったかのような面構えで、後部シートを独り占めにして座っていた。

「あえてご説明願おうか──まずお前、今までどこで何をやってたんだ?」

「〈大聖堂(カテドラル)〉の装甲ジャイロを撃墜して、駆逐艦(デストロイヤー)を一隻、沈めて戻ってきたわ」

「まさか」

「信じる信じないはそっちの勝手よ。でも、あんた達がそうして地面に足を付けていられるのがすべて偶然だってわけでもないことぐらい、理解できるはずよ」

 確かに高度を下げる〈アリーズ〉に対して、船外からの攻撃がなかったのは不思議に感じてはいた。にわかには信じがたいが、しかし、あの「(ひつぎ)」を身につけたクロエならありえなくもない気がする。

「……まぁ、いい。で、今はそこで何をしてるんだ?」

「あたしはこれから、西方辺境領の奥深くまで行かなくちゃならない」

「へぇ、そうかい。それで?」

「あんた達も付いてきていいわよ」

「………………」

 一瞬、怒りで目眩がしそうになるのを何とか踏み留まる。

「何で、俺たちがそんなものに付き合わなきゃならんのだ!?」

「ふうん、それじゃ知りたくはないのね?」

「何をだ?」

「世界の真実」

 さらりとクロエが言ってのける。

「くだらねえ」少佐はあっさりと否定した。

「そいつはお前の『真実』ってだけで、俺達のじゃねぇ。そんものにつきあわにゃならん謂われはない」

「でも、あんた達は現に〈大聖堂(カテドラル)〉の兵士たちと戦火を交えた。博士を始めとして、命を落とした乗員や乗客もいる──それも全部、夢だったとでも?」

「かもしれねぇな」

「ずいぶんと便利な『現実』に生きてるのね。でも、目の前で起こった出来事から目を逸らさなきゃ整合性の取れない『現実』なんて、そんなものにどんな意味があるのかしら?」

「………………」

 クロエの問いに、少佐は言葉を詰まらせた。

 クロエの主張を認めたわけではない。「現実」に意味なんか必要ない。重要なのは、自分が生きてゆくためにどちらがよりしっかりと踏み固められた「地面」なのか、だ。自分の存在を預けるに足る強度があり、そこに納得できているなら、どんな世界だって、それがそいつにとっての「真実」であり「現実」だ。

 だが、俺は「納得」できているのか?

 この「真実」に? この「現実」に?

 胸にぽっかりと空いた黒い大穴を眺めながら、自動装置と化して任務をこなしつつ「現実」を漂流する自分は、その強度を「現実」に感じられなくなってしまったからこそ漂流を続けているのではないのか?

 ならば、俺は──

「……ひとつだけ訊きたい」少佐はクロエに訊ねた。

「その子供の成りで旅を続けられないから、っていうお前の手前勝手窮まる都合は判る。だが、何故俺たちなんだ? 他に大人なら誰だっていいはずだ」

「そうね。……誰かに見届けて欲しいのかもね。それも関係のない、あなたのような第三者の視点で」

「見届ける? 何を?」

「私たちが、生きて、闘ったこと、すべてを」

 強い意志のこもった瞳で、クロエは少佐をまっすぐに見据える。

 その射抜くような鋭さと熱量を秘めた視線に、少佐は敗北を悟った。

 ああ、そうか。この()だ。

 こいつも相応の地獄を目の当たりにし、冷たい機械の身体の中に押し込められ、自ら罪にまみれてここに()る。にも関わらず、なおも「人間」であることを主張し続けるこの理不尽窮まりない()の輝きが、この先どうなってゆくのかを、確かに見届けたいと感じている自分がいた。

「……勝手な奴だな」苦笑しつつ軍曹に訊ねる。

「軍曹、お前はどうする?」

「私は少佐にお供します」

「なるほど」

 少佐は頷き、軍用ヴィーグルの助手席に乗り込んだ。

 空は既に黎明を過ぎ、東から急速に蒼く染め上げられてゆく。その一方で、西の空には今なお深い夜の闇が残り、その両者のせめぎ合いが鮮やかなグラディエーションとなって空を覆っている。

「で、どこへ行けばいいんだ、お嬢さん」

「勿論」後部座席でクロエはくすりと笑って告げた。

「西へ(Go West)」


〈Fin〉

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