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 展望ホールで襲いかかってきた機人兵たちの高速で統制の取れた襲撃行動の裏には、相互の位置や行動予測の情報をやり取りするデータリンク・システムがあった。「(ひつぎ)」の電子戦制圧力を知る彼等は、クロエの〈大聖堂(カテドラル)〉離脱までに使用されていた暗号(コードブック)をすべて破棄していた。代わりにより強度の高い新暗号を導入し、小さな回路一つひとつまで念入りに封印(シールド)を施して事に臨んでいた。

 だが、「(ひつぎ)」を身にまとったクロエは、戦闘を行いながら、リアルタイムで周囲を飛び交う電波情報を収集、解析し、データリンク暗号(コード)を喰い破った。

 更に、クロエの身体に取り付いた機人兵たちからの呼出し(コール)を受けた装甲ジャイロが、受信確認のコールを返すために回線を開いたことに気付き、すかさずそこへ潜り込む。それでも、本来、制御系のシステムは通信回路とは切り離されており、機体制御までは奪えないはずだった。だが、機体整備(メンテナンス)のために機外から遠隔診断(リモートテスト)を行うための裏口(バックドア)が存在したことが、すべてを決した。小さくか細い突破口だったが、そこからクロエは装甲ジャイロの機体制御を強奪したのだ。

 装甲車輌と機人との実用レベルでの接続運用を、有線でようやく実現したばかりの俗世の技術水準とはまるで別次元の戦いだった。



 恐慌状態に陥ったパイロットが、手近のレバーやスウィッチを慌てていじるが反応はない。

 一方、クロエはフロアの奥から窓際までを助走として駆け抜けると、装甲ジャイロ目掛けて空中にその身を躍らせる。一万を越す高度もものともせず、凍てついた夜空をしなやかに飛翔して装甲ジャイロのキャノピーに取り付いた。

「!?」

 拳の一撃でキャノピーをぶち破り、パイロットと操縦席(シート)を結ぶハーネスをひきちぎると、与圧服の胸倉を?む。

「邪魔よ。どきなさい」

 そのままパイロットを機外に放り出す。悲鳴を上げる間もなく落下してゆくパイロットを気にも留めず、クロエは操縦席(シート)に滑り込んだ。

 目視による計器チェックと自動診断プログラムを走らせるのを同時にこなし、機体状況を手早く把握する。

 そこへ、事態に気付いたもう一機の装甲ジャイロが急行してきた。

 小さく舌打ちすると、正面の操縦桿(サイクリック・スティック)と右脇の出力桿(コレクティブ・レバー)を握り、機体を思い切り降下(ダイブ)させる。

 そこへ、敵機が動力機銃で撃ちかけてきた。ほんの一瞬前まで機体があった空間を銃弾が引き裂く。

 間一髪でその攻撃を避けたクロエは、ゴンドラの下をくぐって〈アリーズ〉の背後に逃げ込んだ。このまま振り切るにせよ、空中戦(ドックファイト)を挑むにせよ、まずは上昇して降下(ダイブ)で失った位置エネルギーを取り戻す必要がある。

 出力桿(コレクティブ・レバー)を押し込んで、スロットルを開く。高圧過給機(スーパーチャージャー)が高々度の希薄な大気から酸素をかき集め、エンジンに送り込む。原型となった俗世の機体から換装されたエンジンが、爆音とともに膨大な出力(パワー)を捻り出す。

 上昇を始める機体は、しかしジャイロ機の構造上、回転翼(ローター)の回転方向に自然と引っ張られている。加えて高速(ジェット)気流内の荒っぽい風の動きに、機体が振り廻されそうになる。せわしなく操縦桿(サイクリック・スティック)と足許にある左右のラダーパネルを操って、機体のバランスを保つ。

 クロエ機を追って、敵機も〈アリーズ〉の船体を廻り込んできた。

 再び向背から銃撃──操縦桿(サイクリック・スティック)を捻ってぎりぎりで躱すも、逸れた流れ弾が〈アリーズ〉の気嚢部分表面に突き刺さる。不燃性のガスが使用されていることと、巨大な気嚢部分の内部は無数の子気嚢(セル)に分割されていることもあり、このくらいの被害では航行に支障はないだろう。

 だが、このまま〈アリーズ〉のそばで戦闘を続けることの危険性に気付き、クロエは再び舌打ちした。

 そこへ、けたたましいブザー音──ロックオンされた!?

 クロエは自機の貧弱なECM機能に「(ひつぎ)」の解析能力を上乗せして、敵機の照準電波(ロックオン・ビーム)を撹乱する。同時に機体を荒っぽく振り廻し、敵機の空対空ミサイル(AAM)の攻撃可能範囲から逃れようとする。

 元々、コックピットの与圧もされず、キャノピーには大穴が開いている。吹き晒しのコクッピットに、容赦なく冷たい高々度の大気が流れ込む。生身の人間なら低酸素症か体温低下で、まっしぐらに冥界へと引きずり込まれているところだ。

 加えて激しい機動にコクッピット内で身体を左右にぶつけながら、それでもクロエは機体を操って後背の敵機を振り切ろうとする。

 しかし、執拗に喰い下がる敵機を振り切れない。

 玲瓏(れいろう)と輝く月下の空を、二機の装甲ジャイロは激しく舞い踊る。

「………………!」

 クロエは出力桿(コレクティブ・レバー)を全開(MAX)に押し込んだ。ローターの回転方向にスピンしようと暴れる機体を、ラダーパネルでなだめつつ、〈アリーズ〉の船体に沿って急上昇──〈アリーズ〉の稜線を越えるや、出力(スロットル)を絞って降下(ダイブ)しつつ強引に機体を反転させる。

 その間に空対空ミサイル(AAM)を発射モードへ──弾頭の赤外線探知器(IRシーカー)に液体窒素が吹き付けられる。つめたく冷やされたセンサーが、性能限界ぎりぎりまで感度を引き上げられる。

 クロエ機を追って、敵機も〈アリーズ〉の稜線を越えた。

「……捕まえた!」

 射撃用の短距離照準レーダーが敵機を捕捉(ロックオン)。躊躇わず、クロエは空対空ミサイル(AAM)の発射ボタンを押し込んだ。

 機体から切り(リリース)された空対空ミサイル(AAM)は、ロケットモーターに着火。射撃レーダーの指し示す敵機目掛けて飛び出してゆく──続けてもう一発。

 敵機も強引な機動でクロエ機の照準電波(ロックオン・ビーム)から逃れることに成功。だが、空対空ミサイル(AAM)は、既に母機の照準レーダーによる初期誘導から赤外線探知器(IRシーカー)による終末(ターミナル)誘導に移行している。

 迷うことなく自機へと突っ込んでくる二発の空対空ミサイル(AAM)に対して、敵機が囮熱源(フレア)をばら撤く。闇夜に輝く囮熱源(フレア)を追って、一発の空対空ミサイル(AAM)が軌道を歪める──だが、二発目の空対空ミサイル(AAM)は囮熱源(フレア)には引っ掛からず、冷たい超高度の夜空を背景に二発のエンジンから(まばゆ)い赤外線を放ち続ける敵機へとそのまま突っ込んだ。

 爆散──月夜に閃く敵機の最期を横目に認めながら、クロエは操縦桿(サイクリック・スティック)を大きく傾けて〈アリーズ〉から離れてゆく。

 装甲ジャイロの航法機器(アビオニクス)が、近くの空域に無線標識(ビーコン)を感知している──間違いない。敵の母艦はそこにいる。

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