おとぎばなし
朝、魔王様は宣言した通り、部屋の前で待っていた。
待たせるのは申し訳なく、彼に、待たなくてもいいと伝えた。
彼はただ「行くぞ」と言って、私の言葉を待たずに歩き出した。
そして昨晩のように、私が食事しているところを監視しながら、次々といろんな料理を私の前に置いた。
魔王様は、自らペットに餌やりするタイプなのかしら。
朝食もやはり、私が涙目になるまで、魔王様は解放してくれなかった。
食事の後、私達は庭に行った。
森に囲まれた魔族領とはいえ、朝はちゃんと光が差しているから、自分だけでも歩けるけど、なぜか魔王様は私の手を離さなかった。
私が逃げ出さないように防ぐためなのだろう。
「あの、質問してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
私は今まで気になっていたけど、聞く機会がなかった疑問を、口に出す。
「魔族領は瘴気が濃いと聞きますが、魔王城にはないのですか」
魔族領に踏み込んだ当初はあんなに息苦しかったのに、魔王城にいるこの数日は何ともなかった。
ずっと気になっていたけど、デビトさんにはかなりお世話になったので、あれ以上手間をかけたくない。
かと言って、セロくんに会ったら、まだ芸術話を始めちゃうと思うから、聞くなら今しかない。
「魔王城の範囲内は瘴気を遮る結界を張っている。だが魔王城からは出るな」
「わかりました。ありがとうございます」
庭を1回り散歩した後、魔王様は何かを考えているように立ち留まった。
(どうしたのだろう)
今日は行きたいところがある。
ここは魔王様に話して、ここで解散してもらおう。
「魔王様」
「なんだ」
「書庫に行きたいのですが――」
「わかった」
私の話が終わるのを待たずに、魔王様は私の手を引っ張って歩き出した。
(えーと、一緒に来てくれるってことなのかな?)
魔王様の時間を取ってしまうのは申し訳ないけど、彼から手を離してくれそうにない。
そうして、私達は書庫まで来た。
「今日は魔王様も一緒ですか」
そこには既に、大量の本を一度に持ち上げているデビトさんがいた。
(魔族の肉体は人間より遥かに発達していると本で読んだけど、実際に見ると圧巻ね)
デビトさんは持ち上げているそれらをテーブルに置いた。
「せっかくディアナ様と2人きりになれる機会なのに、残念ですね」
彼はちっとも残念そうに見えない笑顔をしていた。
「これらが、昨日話されてた書物ですか?」
「ええ。魔族に関する記述は少ないですが、参考になるかと」
私は本が置かれている位置に座り、魔王様とデビトさんはなぜか私を挟むように座った。
「あのー、向かいにも席があるのですが……」
「魔族について調べてるのか」
「ディアナ様は、魔女について詳しく知りたいようです」
私の主張を無視し、両側から会話が飛び交う。
(所詮ただのペット。気配を消しておいた方がいいかな)
「こんなの、知ってどうする」
「我々も知っておいた方がいいですよ。今まで現れなかったとはいえ、今ディアナ様がいらっしゃいます。彼女の力を把握して置いた方が、今後のためになるでしょう」
「そうか」
会話が一通り終わり、私は本の表紙に目を向ける。
見知った表紙がいくつかある。
そして一冊だけ、可愛い絵が書かれていた。
《星の守り人》。
ローランド国の住民なら、誰もが一度読んだことのある絵本。
思わず、その絵本を手に取った。
『昔々、星と月は仲良しでした。
しかしほんのちょっとの言い争いをきっかけに、星と月は仲違いしました。
月は魔族を生み出し、人間を襲わせました。
人間を深く愛している星は、魔族に抗う力を人間に与えました。
1人の男の子に、魔族の強靭な体を切り裂く力を与えました。
1人の女の子に、魔族が生み出す瘴気を浄化する力を与えました。
男の子と女の子は、冒険の旅に出ました。
森を通り、山を越え、魔族が棲む城にたどり着きました。
襲ってくる魔族を倒し、魔族の王に出会いました。
魔族の王はとても強かったですが、2人は力を合わせて、魔族の王を倒しました。
そうして、人間の国に平和が訪れました。
後に男の子は勇者と呼ばれ、女の子は聖女と呼ばれました。』
(この絵本、久しぶりに見たな)
「人間の書いた物語は何回読んでも面白いですね」
「無茶苦茶の間違いだろう」
両側から本を覗き込んだ魔王様とデビトさんは、興味深い反応を見せた。
「事実と違うんですか?」
(この絵本は事実に基づいているって、広く言われているはずだけど)
「月が魔族を生み出したかはわかりませんが、少なくとも我々は瘴気を生み出すことは出来ません」
「そうなんですね。じゃあ、魔族は魔王城で暮らしているのは本当ですか?」
「魔王や強い魔族は、ここで暮らしていますよ。我々も瘴気を浴びすぎると体調を崩してしまいますから。他は大体好き勝手に住処を移しています」
こう聞いてみると、人間は魔族の実態を、あまり知らないと感じた。
嗜虐心が強いと聞いたのに、私にはその一面を見せたことがない。
(それは……私が魔女かもしれないからかな)
そして、私は次々と本を読み漁った。
時々デビトさんの意見を求めながら、考察をする。
その過程を、魔王様は見守る。




