内に秘める狂気
セロくんと存分に芸術を語り合った後、彼は私を書庫に案内してくれた。
すぐ近くにあったから、案外惜しいところまで来ていた。
「必要な時は名前を呼んでください。いつでも行きます」
それだけ言い残して、セロくんはどこかに消えていった。
本当はもっとおしゃべりしたかったけど、彼の仕事を邪魔したくない。
私は大人しく、書庫に入ることにした。
中は案外広く、本棚がびっしりと部屋いっぱいに並べられていた。
どこから見るべきが悩むところだけど、とりあえず一番近い本棚から見ていった。
料理本、流行小説、歴史本、図鑑……意外と様々な本が並べられている。
(昨日デビトさんが話した話に関係ありそうなのは……神話の本とか歴史本かしら)
書庫の奥まで一通り見ていたら、一番奥にもう一面の扉があることに気づいた。
そこをゆっくり開くと、読書しているデビトさんの姿が見えた。
「おや、ディアナ様。本当に来たのですか?」
彼の視線は本から外し、私を捉える。
「えっと、はい……あの、ここにある本は、デビトさんのものですか」
「全部ではないですが、ほとんど私が取り寄せました」
デビトさんはすぐ視線を本に戻し、読みながら私の質問に答えた。
(どうしよう、質問したら読書の邪魔なのかな)
どうすればいいのかわからなくなり、あわあわと挙動不審になっている私に、デビトさんは小さく吹き出す。
「魔族相手に遠慮しようとするなんて、あなたはおかしな人間ですね」
彼は手にしていた本を本棚に戻した。
「えっ、すみません、読書の邪魔をしちゃって。すぐ去りますので、どうぞ続けてください」
「いいのですよ。どうぜもう何回も読み直した本です。今は君のあわあわしている姿を見ていたほうが、暇つぶしになりそうです」
デビトさんは部屋の真ん中に置かれているソファに座り、向かいのソファに座るよう、手で合図をした。
私はソファの表面を満遍なく押してから、ゆっくり座った。
とてもふかふかだ。
「質問があれば、お答えしますよ」
彼は真っ直ぐ、私を見つめる。
「では……ここの本は、どうやって集めたのですか?」
もしかして、魔族の中に、本を書く方もいるのかな。
「人間の領地に忍び込んで、普通に買いました」
「えっ、忍び……?」
デビトさんがなんてことないように笑いながら答えてくれたけど、普通に驚くべき真実だった。
民が暮らしている町に、魔族が紛れ込んでいるかもしれない。
「あの、どうやって?」
「マントを被って髪を隠したり、魔法で髪色を淡くしてみたら、案外容易く紛れ込めましたよ。人間って鈍感ですよね」
デビトさんは髪の毛を指差し、魔力を放つ。
そしたら髪が深い紺色から綺麗な空色に変えていった。
「きれい……」
「ありがとうございます」
うっかり見とれてしまった。
少し恥ずかしくなり、すぐ話題を逸らす。
「えっと、どうして本を買っているのですか?」
「暇つぶしですよ。魔族は飽きるほど長く生きるので、人間の嗜好品を集めたり、人間の文化を真似してみたりして、時間を費やしているのです。」
デビトさんの説明で、書庫の本の多様さとか、出された料理の豊富さとか、いろいろ腑に落ちた。
(だからセロくんはあんなにいろんな芸術が作れたのね)
「まだ質問はありますか」
「えっと、昨日言ってた、月の魔女について……」
「それについては、私にも分からないことが多いので、本で考察してみることをお勧めします。後で関係ある書物を教えましょう」
「っ!ありがとうございます!」
私が嬉しそうに手を合わせたのを見て、デビトさんは満足そうに笑った。
「質問は以上ですか?では、私の“お願い”も聞いていただきましょう」
「えっ」
「おや、ただで質問に答えてあげてると思っていたのですか?」
デビトさんの笑顔がキラキラを飛び越えて、ギラギラに光っているように見えた。
素早く頭を横に振る。
彼は今度、おかしそうに笑った。
「君は本当、いじり甲斐のある人間ですね」
「お、お、お願いは、何でしょう、か……?」
(打たれるのかな。それでも拷問されるのかな。痛いのは耐えられるけど、長くて苦しいのはいやだな)
デビトさんなぜか私の隣に座り、距離を近づいてくる。
私の肩に手を置き、押し倒す。
もう片方の手で、私の頬をなぞる。
彼の目は、愉快そうに細める。
「私は、魔女という存在に興味があるのですよ。どうして魔女といる時だけ、嗜虐心が和らげられるか」
頬をなぞる手が、徐々に下へと移動し、胸元まで撫で下ろす。
「なぜ、君といる時は、こんなに穏やかにいられるのか……この瘦せ細い体を解体でもしてみれば、わかるんでしょうか」
(解剖……)
私はデビトさんから目をそらさず、言い放った。
「……あの」
「ん?」
私は冷静に、ゆっくりと語る。
「刃物は切れ味のよいものを使ってください。その方が早く終わります」
デビトさんの表情から表情が消え、目を見開く。
「君は……」
デビトさんが何かを言おうとする時、私の首につけられていたチョーカーの宝石が、強く光を放った。
「時間切れですね」
デビトさんが私の上から退いた瞬間、私の体は光に包まれた。
「魔女にまつわる本を出しておきますよ。いつでもいらしてください。またおしゃべりしましょう、ディアナ様」
彼は微笑みながら、手を振った。
次の瞬間、私は知らない部屋にいた。
なぜが魔王様の膝の上に座っている。
「え?」
魔王様は私の背に手を回し、私を強く抱きしめた。
「魔王様?」
彼の息は粗く、よく見ると首筋が汗ばんでいる。
背に回した手は痛いほど強かったけど、しばらくしたら徐々に弱まっていったのがわかる。
やがて彼の息が収まって、私から手を離した。
「もう、大丈夫ですか?」
「……ああ」
もう離れてもいいだろうかと、脚を動かしてみると、今度は腰に手を回した。
どうやらダメらしい。
魔王様は、頭を私の肩に埋めた。
そして深呼吸を繰り返している。
息を整えているのだろう。
あたりを見回してみる。
目の前にベッドが置かれている。
なら、ここは魔王様の寝室なのだろう。
沈黙が続く。
やがて魔王様は私を抱き上げた。
「っ!」
(ビックリするから、一言が欲しいな……)
そして私をベッドの上に置き、彼もその横に横たわる。
「ま、魔王様?!」
「大人しくしてろ」
彼は私を抱き寄せ、目を閉じた。
(これは……どういう状況?)
私は夜まで、魔王様と添い寝することになった。




