魔族という存在
ディアナ視点に戻ります
「ディアナ。貴様は今日から俺の所有物だ。勝手に離れることを許さない」
(所有物……魔王様のおもちゃということでしょうか)
すぐ殺さず、好きな時だけ発散に使うおもちゃ。
それも悪くない。
さっきまで頬に添えられた手がすっと離れた。
「デビト、今日中にこいつの暮らす準備を整えろ」
「かしこまりました」
魔王様に呼ばれたデビトという男性、すぐに私を手招いた。
「ディアナ様、私についてきてください。魔王城を紹介します」
私はおとなしく彼について行って、この部屋から出た。
案内される途中、デビトさんはいろいろ教えてくれた。
「さっきディアナ様が謁見された方は、魔王デオボロス様。と言っても、魔族には人間のような複雑な行政系統は存在していませんので、魔王という称号は象徴的なものですが」
「私はデビトと申します。魔王の補佐を務めています。人間のところでいう宰相のようなものです」
「この城の中は自由に歩き回っていただいてもかまいません。後であなたにお世話役を遣わせますので、気軽に使ってやってください」
ここまで聞いて、私は少し戸惑った。
「あの……」
「どうしましたか?」
「ただのおもちゃに、こんな自由があっていいのですか?」
「おもちゃ?」
デビトさんが不可解そうな表情を見せる。
「何か誤解されているようですが、あなたをおもちゃ扱いするつもりはありませんよ」
「でも、魔王様、所有物って」
デビトさんは少し考えた後、私の疑問に答えた。
「あなたの思考回路がどうなっているのかわかりませんが、あなたはただ彼といるだけで充分です」
疑問がさらに増えた。
でもそれを口出す時間もなく、私達は1つの部屋の前にたどり着いた。
中を見てみると、さっきまで私が使っていた部屋みたいだ。
「ここをあなたの寝室にします。好きに使ってください。必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「え、こんな素敵な部屋を使っていいのですか?」
「お気に召さなかったら、他の部屋も用意できますよ。ここには部屋が無駄に多いので」
ますます分からない。
魔族は人間を発散対象としてしか扱わないって聞いたけど、想像と全然違う。
「さて、いつまでもその汚れたドレスを着ていたくないでしょう。何か新しい服を持ってきます。少し待ってください」
デビトはすぐ部屋から出た。
私は1人残されていた。
今更ながら土まみれなドレスで、ベッドや椅子を汚したくなくて、部屋の中央でぽつりと立ち尽くす。
しばらくしたら、扉が再び開かれた。
「お待たせしま……なぜ真ん中に立っているんですか」
デビトさんが私を見た瞬間、呆れたような表情を見せた。
「あの、ベッド、汚したく、なくて」
「今更でしょう……まあ、いいです。紹介します」
デビトは扉から離れ、後ろにもう一人、小柄な男の子が出てきた。
きっちり切り揃えた深い緑色の髪に、光が見えない漆黒な瞳。
とても愛嬌ある顔立ちなのに、一切感情を見せない。
「彼はセロです。今日からあなたの世話役兼護衛にします」
セロと呼ばれる少年は、おもむろに手にしている服を差し出す。
「セロ、です。あの、服、サイズ分からないから、フリーサイズのものを」
「ありがとう、ございます」
私はそっと、彼の手から服を受け取る。
白と黒が入り混じる、可愛らしいワンピース。
手触りも柔らかく、とても着心地が良さそうだ。
2人は外で待機すると言って、部屋を出た。
私はすぐ、このワンピースに着替える。
鏡がないから、似合っているかどうか分からない。
こんな素敵な服、私に着られて、勿体ない気がする。
私は部屋から出た。
そこにはデビトさんの姿しかなかった。
「よく似合っていますよ。さあ、次は食事する場所に案内します。」
そう言って、また別の場所に案内された。
食堂、厨房、浴場、庭、魔王様の執務室……は入らなかったけど、位置だけは教えてもらった。
「ちなみにディアナ様の寝室は魔王の隣ですので、彼に呼ばれたら、すぐ行くように」
「あの……本当にいるだけでいいのですか?魔族は生物を痛めつけることで、嗜虐心を発散していると聞いたのですが……」
「おや、いたぶられたかったのですか。見かけによらずマゾな方ですね」
「えっ」
デビトさんはクスクスと、手で口を隠しながら笑っていた。
「冗談ですよ。おしゃった通り、魔族は嗜虐心を発散するために、生物を痛めつけ、いたぶってる。しかしそれは“必要”だからです。人間が空腹する時に食事するように、魔族は耐えきらない嗜虐心を抑えるために、暴力を振るう」
――ここまでは、人間もよく知る話。
「つまり、“必要じゃない”時があるってことですか」
「ええ。まさに、あなたが近くにいる時です」
デビトさんは私の手を取った。
「ああ、やはり。触れるとより強くわかります。あなたといると、イライラする気持ちが収まっていきます」
デビトさんはうっとりした目で、私の手を眺める。
彼は指で私の手の甲を軽く撫でる。
少しくすぐったく、胸の奥がドキッと弾む。
「あの……」
我慢できず、デビトさんに声をかける。
「失礼しました」
彼はすぐ、手を離してくれた。
「つまり、私がいるだけで、あなた方のお役に立てる……ということでしょうか」
「ええ。力が強いほど、嗜虐心も強くなるので、あなたがいるだけでかなり助かります」
(よかった。それなら迷惑をかけることがなさそうだ)
「でも、何で私でしょうか」
疑問はかなり解消されたけど、これだけは実感が湧かない。
「我々も初めて会ったので、上手く説明できませんが――」
デビトさんは窓に近づき、空に浮かぶ月を眺める。
「神の時代に、月は耐えきれない衝動に飲み込まれ、苦しむ魔のもの達を憐れみ、彼らを癒す存在を作り上げた。我々はその存在をこう呼んでいます――月の魔女、と」




