聖女の祈り
今回で人間視点が終わります。
《ステラ目線》
「一緒に、あの男に、復讐しましょう」
バルドは見たことないくらい、厳しい表情をしていた。
まるで別人と話しているみたいだ。
「復……讐?」
バルドは復讐しようと言った。
でも、誰に?
彼は、ディアナを死なせた人を知っているの?
「意味が分からないわ、バルド。誰に復讐しようというの?」
バルドは薄暗い何かを目に宿しながら、彼の推測を私に教えた。
恐らくこれはディアナを殺すために、国王が仕組んだことだと。
にわかには信じがたいけど、父上が誰よりディアナを蔑んでいたことは、私が一番よく知っている。
バルドの話を聞いて、確かに父上以外、そんなことができないとも納得する。
(でも……信じたくない)
父上はずっと私に優しかった。
だから彼は無情な人ではないことも、私は知っている。
悩み、沈黙した私に気を遣たのか、彼は私の手を放し、口調を和らげてくれた。
「……すぐ決断しなくても構いません。ステラ様にとってあの男は家族ですので、信じたくない気持ちもあるでしょう。あなたが協力したくないというなら、あなたに迷惑を掛けないように、僕が一人でやります」
彼は立ち上がり、この部屋から出ようと、私に背を向けた。
それを引き止めるかのように、私は声を出した。
「少し……考える時間を頂戴」
「……わかりました。ゆっくり考えてください。僕はいつまでも待ってます」
そして、彼は部屋から出た。
私はシーツの上で、手を握りしめた。
バルドと代わるように、常駐の先生が入ってきた。
「皇女様、ご気分はいかがですか?」
彼はさっきまでバルドが座っていた椅子に座った。
「元気よ」
心は元気じゃないけど、体は毒を飲んだと思えないくらい、違和感が全くない。
「よかったです。解毒剤をすぐ飲まれたからでしょう。この調子ならすぐここを出ても良さそうです」
先生の言葉に、少し引っかかった。
(解毒剤?)
「先生は、私が飲んだのは何の毒なのか、知っているの?」
「うん?ああ!」
ここで先生は少し焦った素振りを見せた。
「いや……城で取り扱っている毒の種類は少ないですので、すぐわかりました」
先生は何とか誤魔化そうとしているのは明らかだ。
そもそも薬物の類の管理は先生も一緒に行っているはず。
毒が使われたのなら、彼が知らないはずがないわ。
でも……ここで問い詰めても、彼は何も教えてくれないでしょう。
「そうなのね。それよりも先生、私もうここから出ていいかしら。体を動かしたいの」
「え、ええ。かまいませんよ。何かあったら、すぐ来てくださいね」
私はベッドから離れ、診察室から出た。
向かう先は――厨房。
私が軽食を用意させた使用人に会うために。
そして扉の前まで来て、ドアノブに手をかけようとした時、中から声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた?ディアナ様、やっと死刑に処されたですって」
「聞いたわ。やっと彼女のお世話をしなくてよくて、清々するわ。いつも食べ物にいろいろ混ぜるのも大変だったから」
「私もー。いつもベッドに撒くガラスの破片を探すとか、部屋に刃物を仕込むとか、凄く面倒だったのよ」
「よくそんな面倒なことを続けられたわね」
「だって、うっかり死んでくれた方が、仕事が減るし。陛下も特に咎めないし、むしろ陛下が一番彼女に死んで欲しかったり」
「わかるー。あの不気味な髪色、見るだけでぞっとするもの」
複数人の使用人が、ディアナの死を嘲笑う。
知っていたけど、ディアナはずっと、これらを我慢していたのよね。
それを考えただけで、胸が締め付けられる。
(今聞いただけで、こんなに辛いのに、ディアナはずっと、心がボロボロになっても耐えてたのね)
これ以上聞きたくないと思い、私はそこから離れることにした。
廊下で歩いていたら、向こうから宰相の姿が見えた。
「皇女様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、宰相様」
「体調はいかがですか?毒を盛られたと聞きましたが」
「もう大丈夫よ。先生がすぐ対処してくれたおかげだわ」
「これはよかった。もし体調が優れないようなら、明日の儀式は延期にしますので、気軽に教えてください」
宰相との雑談が終わり、彼はすぐここから去った。
(そうか。明日儀式があったっけ)
月に一度の、聖女の儀式。
国の平和を祈りながら、ただただ民に聖女を見せる恒例行事。
(明日儀式があるからこそ、今日はディアナとゆっくりしたかったけどな)
でも聖女の役目は果たさなければ。
心を無にして、今日は部屋に引きこもることにした。
聖女儀式の日。
聖女専用の白いドレスを着た私は大勢な人に囲まれながら、国で一番大きい教会――ペンタス聖堂に入った。
観客に眺められながら、奥へ進み、ステージに登る。
星の神が描かれているステンドグラスに向かって跪き、祈りの姿勢を取る。
普段は国が平和でありますようにと願うが、今日の私は、それを考える余裕を持ち合わせていなかった。
(ディアナが……最後だけでも安らかでありますように)
強く祈った瞬間、頭に知らない光景が映り込んだ。
禍々しいオーラを纏った何かの傍にいる――ディアナを。
「っ!」
「聖女様、どうされましたか?」
目を突如見開き、小さく呻き声を上げた私を、隣で見守っている教主様が心配そうに問いかける。
「っ、いいえ、なんでもありませんわ」
私はすぐ何もないかのように取り繕う。
(あれは、なに?)
今までそんな映像を見たことがない。
でも、なんとなくわかる。
あれはきっと、神が見せてくれたのだわ。
儀式の後、私は急いで城に戻り、訓練所にいるはずのバルドを探した。
「バルド!」
「ステラ様、どうしましたか?今日は儀式のはずでは――」
汗まみれになっているバルドに構わず、私は彼の手を取った。
「ステラ様?」
「バルド、今から話すことをよく聞いて」
彼は息を呑み、頷く。
私は1回深呼吸してから、話し出す。
「ディアナは、生きている」
「――え?」
「さっき見たの、ディアナはちゃんと生きているはず」
バルドは私の言葉にうろたえた。
無理もない、こんな突拍子のない話何で、私が聞かされたら信じられないもの。
「見たって、どうやってですか?」
「祈りの最中に頭の中に流れ込んだの。きっと神が見せてくれたの!」
根拠はないけど、聖女としての直感がそう告げている。
私の話を聞いているバルドは、最初こそかなり驚いたけど、徐々に落ち着きを取り戻し、私に聞いた。
「それで、ディアナ様はどこにいらっしゃるのですか」
「多分、魔族の近くにいる。禍々しいオーラを感じたの。ディアナ、痛い目に遭っていなければいいけど」
「なら、一刻も早く助け出さなければ!」
今度はバルドが前のめりになって、私の手を握りしめる。
「……信じてくれるの?」
「はい?」
「だって、こんな根拠のないこと、ただの幻かもしれないのに」
自分から言い出したものの、信じてくれるかかなり不安だった。
それをバルドはあっさり受け入れた。
「可能性があれば、試してみるべきです。僕たちで真偽を確かめましょう」
「っ、うん!」
バルドの頼もしい笑みが、私の不安を吹き散らしてくれた。
出会った頃から、彼はずっと、私達姉妹に真っ直ぐ向き合ってくれた。
だから、私の中で、彼以上信頼できる人はいないのだ。
「そうと決まったら、ディアナを救う作戦を考えましょう!」
「でも。どうするの?私達でさえ、壁の向こうにむやみに入れないのに」
バルドは愛用の剣を持ち上げた。
「僕は勇者です。ここは勇者らしく、魔王討伐の名義で行きましょう」
そこで私達は、勇者パーティーを結成することに決めたのだった。




