怒りの行先
《テオボロス目線》
「こうやってだ」
木の上で高みの見物をしている白猫を捕まえ、魔力のツルで縛り上げる。
それを、駄犬に投げる。
「牢にでもぶち込んでおけ、後で処理する」
今この瞬間でも、体がディアナの温もりを酷く求めている。
こんな猫に構っている時間がない。
すぐにでも魔王城に帰るべく、駄犬に背を向ける。
「魔王!」
「……なんだ」
駄犬に呼ばれて、一応立ち止まってやった。
「その後、ディアナを見に行ってもいい……ですか」
「……好きにしろ」
再び歩き出す。
駄犬の働きで、すぐディアナを見つけられたからな。
褒美くらい、渡してやらなくもない。
急いで魔王城に戻り、ディアナの部屋に向かった。
ベッドの上にはすでにディアナが寝かされていて、デビトはその検査をしてる様子。
召使いはその隣で心配そうに見守っている。
「どうだ」
「瘴気に酷く侵されているようです。目を覚ます兆しさえ見せない」
「どうにか出来ないのか」
「私の知る限り、瘴気を清める方法は浄化魔法のみですね」
浄化か。
瘴気に適応した魔族には必要ない魔法だ。
それが使える魔族は存在しないだろう。
「今、我々ができるのは、ディアナ様に清潔な水や栄養を摂らせるだけでしょう。後のことは、ディアナ様の回復力に頼るしかありません」
俺はベッドの縁に座り、その頬をなぞる。
(……冷たい、少し窪んでいる。ろくに食べられなかっただろう)
こいつの魔王城に来て間もない頃を思い出す。
その時も骨に触れているかと思うくらい、痩せ細っていた。
あの時はただ抱き心地が悪いくらいしか思えなかったが……今、この姿を見ると、苛立ちが止まらない。
「……所々汚れているな、それに汗で服が濡れている、清める水を持って来い」
「かしこまりました」
召使いは部屋から離れ、しばらくすると水を入れている大きな盤を持ってきた。
俺は布巾に水を染み込ませ、それを使ってディアナの顔、首、手を拭いていく。
「デビト、ディアナを持ち上げろ、服を緩める」
「かしこまりました」
デビトは慎重にディアナの上半身を持ち上げる。
俺は服の留め具を解き、服を緩めていく。
「っ!」
「……これは」
召使いが息を呑み、デビトが険しい声色を発したのかわかる。
「……なんだ、これは」
ディアナに触れたことで少し柔らいたはずの苛立ちが、再び沸き始めたのかわかった。
服を緩めたことで、ディアナの背中が見えてきた。
そこには、数えきれないほどの傷跡がついていた。
切り傷、打撲の跡、やけど……。
不注意だけで片付けられないほど、深い傷跡だ。
どの傷もそれなりに塞がっているから、ここに来てから作ったものではないだろう。
「……今まで背中を見せる服を着させてこなかったから、気づきませんでした」
「なんで……こんなに傷が!」
デビトと召使いが何かを話している。
でもそれに反応する余裕すらなかった。
(誰だ……俺の物に傷をつけた奴は!)
魔王城にいる間、少なくとも俺が見る限りこいつに傷をつけた奴はいなかった。
目新しい傷もない。
あの猫の仕業でもないだろう。
ふっと、あの猫の言葉を思い出す。
『だって君たちはわからなかったのだろう、彼女の力についても、彼女自身について』
あいつは何か知ってる様子だった
「デビト、お前が続けろ」
「どこに行かれるのですか?」
「あの猫に話を聞く……俺の物に傷をつけた奴は、1人たりとも見逃してやらん」
静かに、けど激しく、怒りの炎が燃え上がっていく。
その炎のぶつけ先を、俺は必ず見つけてみせる。
魔王城の地下牢に行ってすぐ、駄犬の姿を見つけた。
「魔王、牢に閉じ込めておいた」
「下がっていい」
駄犬が地下牢から離れた。
俺は牢の中にいる白の魔族に視線を向ける。
今は猫の姿ではなく、人型になってる。
閉じ込められているというのに、相変わらず余裕そうに構えている。
「やあ、早速構ってくれるんだね、うれしいよ」
「……余裕そうだな」
「僕を罰しに来たのかい?それとも、ディアナについて知りたいことでも?」
魔法の氷で剣を作り、彼の首に当てる。
「貴様が知ってること、全部話せ」
剣を向けられても、彼の笑顔は崩れることはなかった。
「やだな。そんな物騒な物を向けられたら、話したくても、怖くて話せないよ」
「無駄口を叩くな、貴様の命は俺の手にあることを忘れるな」
体内の魔力を、多く放出させる。
大概の魔族は、これでビビり散らかす。
しかしこの男は、やはり一欠片の恐怖も見せなかった。
「僕が殺されると、君たちも困ると思うけどね」
「どういう意味だ」
「そうだな……魔女の力をすべて引き出すには、僕が必要だと言えば、わかってくれるかい?」
「魔女の力など、興味ない」
ここで初めて、目の前の男は表情を変えた。
「驚いたな……君たちは嗜虐心を抑えるために、彼女を近くに置いてると思ったけど」
嗜虐心を抑えるためか……最初はそうだったかもしれない。
だが今になって、その力はただのおまけだ。
まあ――それを目の前の男に教える義理はないが。
「じゃあ、こっちの方が食い付いてくれるかな……彼女を犯している瘴気を浄化する手掛かりがあると言えば、君はこの剣を下ろしてくれる?」
手がビクッとなった。
ここに来たのは、あの傷跡をつけた奴を炙り出すためだ。
けど、この男は想像以上に情報を持ってるらしい。
それでも、俺は剣を下ろさなかった。
「貴様が知ってることを全部吐け。情報次第では命だけ勘弁してやってもいい」
「手強いね。だから身に余る力を持つ魔族に、彼女を近づけさせたくなかったのに」
彼はため息を吐いてから、俺を真っ直ぐ見た。
「魔王よ、取り引きをしよう」
「ほお、取り引きとは。まだ自分の立場がわかってないようだな」
剣を少し首筋に切り込む……だが、切り込んだ質感がなかった。
「見ての通り、僕は大人しく殺されるつもりはないんだ。さっきは見つかってしまったけど、今度は上手にやってみせるよ」
剣が脅しにならないことを察し、俺は魔法の剣を消した。
「話を続けるね。僕はこれからも、彼女の傍を離れるつもりはない、だから僕がこの魔王城に滞在する許可が欲しい」
「あいつを勝手に連れ出したというのに、随分と都合の良いことを言うんだな」
「彼女はここでしか生きられないことがわかったからね。もう同じことはしないよ。罰も甘んじて受けよう……彼女から」
つまり、俺や他の魔族から罰を受ける気はない、か。
「その代わりに彼女の力や、彼女について知ってることを開示しよう。魔女の力は必要ないと君は言ったけど、彼女は力を使いこなしたいと願ってるからね」
こいつの言葉に従うのは癪だが、ディアナが望むことなら、少し話を聞いてやらなくもない。
(処罰については、こちらから誘導すればいい)
「いいだろう。ディアナが無事に助かれば、取り引きに応じてやろう……だからまず、あいつを助ける方法から吐け」
「賢明な判断だ。感謝するよ。魔族の森に入った人間について知ってるかい?」
「把握してる」
「その人間たちの中に聖女がいる。聖女は瘴気を浄化できる。彼女を手に入れれば、ディアナを助けられるよ……ついでに君の探し人も、ね」
この男は微笑みながら、こう語った。




