オオカミ、襲来
テオ様の膝に座らされ、食事を次々と口に運ばれる。
最初は監視だけなのに、最近膝に座らされることが多くなった。
やがて、自分の手で食事をさせてもらえなくなった。
「テオ様、自分で食べられます」
「お前は小食すぎる、もっと食え」
「うっ」
この受け答えが何度も繰り返されてきた。
今日の晩ご飯も、同じような流れで、食事をしていると。
デビトさんが入ってきた。
「魔王様、いいでしょうか」
「なんだ」
テオ様は手を止め、デビトさんの方に振り返った。
なんとなく、不機嫌そうだ。
「例の行事の準備、そろそろ始めないと」
「……そうか」
そこでようやく、テオ様は私を膝の上から解放した。
「……しばらく魔王城から離れる。食事はちゃんと食えよ」
そう言って、彼はデビトさんと一緒に食堂から離れた。
どうやら久しぶりに1人行動できるらしい。
最近はもっぱらテオ様と散歩したり、本を読んだり、添い寝したりを繰り返している。
いきなり1人になると、何をすればいいのかわからない。
「……セロくんに、作品を見せてもらえるかしら」
テオ様と一緒にいる時、なんとなくセロくんは気まずくなるかなって思って、会わないようにしていた。
「ウァオオオオオオオオオン」
外から、狼の遠吠えが聞こえてきた。
「……この近くに、狼が来たのかしら」
私は窓から外を覗き込んで、呟いた。
翌日。
私は食事を終えた後、すぐセロくんの作業室に向かった。
だけど、彼の姿が見当たらなかった。
私は魔王城のあっちこっちに行って、彼の姿を探す。
やがて二階の窓から、庭にいる彼の姿を捉えた。
でも、少し様子がおかしい。
私は急いで、庭に駆けつけた。
「は、は……確か、この辺り……」
「うぐっ」
「ほーら、やり返してみろよ、軟弱者」
草むらの向こうから声がした。
何かがぶつかる声と、知らない男性の声。
私はすぐそこに回り込む。
「セロ……くん?」
視界に入ったのは、傷だらけで倒れ込んでいるセロくんと、肩まで伸ばしているパサパサな銀色の髪に、高く吊り上げた琥珀色の瞳をした知らない男性。
「あ、誰だてめえ」
その男性は鋭く私を睨み付ける。
「えっ」
睨みつけられ、どうすればいいのかわからなくなった。
倒れているセロくんと知らない男性を交互に見やる。
どうしてセロくんが倒れているのか。
どうしてセロくんが傷ついているのか。
どうして目の前の男性は、ここにいるのか。
「おい、何無視してんだよ」
その男性は私に近づき、首に手をかける。
「くっ!」
「おまえ、人間か、何でここに……いや、なんだ、この感覚は」
私の首を絞める力は最初こそ強かったけど、徐々に弱まっていく。
「さっきまでの衝動が、消えた」
彼の表情が驚きに満ちていく。
突然、横から誰かの手が、私の首を絞めている手を掴んだ。
「ディアナ、様、を、傷、つけない、で」
セロくんは傷だらけの体を引きずり、目の前の男性を睨む。
「……へー、お前、俺に盾突けるんだ」
彼は私の首から、手を離した。
「気が失せた」
それだけ言って、彼はどこかに飛んで行った。
セロくんが今にでも体勢を崩しそうで、すぐ駆けつけて、彼を支えた。
「大丈夫ですか?!」
「だい、じょうぶ、です」
彼は私から離れようと、私の手に手を重ねた。
その瞬間、彼の体が微かに光った。
「えっ、これ、は」
彼は目を見開く。
「どうしたんですか?どこか痛いですか?」
「いえ……」
よく見たら、彼の傷が少し、治っている気がする。
(私に触れて、光ってから、傷が治っていく。もしかして、これも魔女の力?)
しばらくしたら、光が収まった。
セロくんの傷は完全に治ったわけではないけれど、さっきより痛々しさが減った。
私達はとりあえず、近くのベンチに座った。
「さっきの方は?」
「彼は……レオード様です。魔王様の使い魔です」
「使い魔って、何ですか?」
「使い魔っていうのは、主に絶対服従の契約を結んだ、魔族です」
(つまり、レオードという方は、テオ様に仕えている)
「どうして今日まで、彼を見かけなかったんでしょう」
「彼は魔王様に呼ばれた時以外、自由を許されています。彼も1つの場所に留まることが嫌いなので、あまり魔王城に帰ってきません」
「では、彼は今日、テオ様に呼ばれたのでしょうか」
「いえ、多分、行事に参加するため――」
小声で何かを呟いたセロくんは、すぐはっとした。
「えっと、魔王様の仕事の手伝いに来た……と思います」
「そうでしたか、では彼はなぜセロくんを――」
私の言葉を待たずに、セロくんは突然立ち上がった。
「あの!用事が、ありますので、僕はこれで。レオード様には、なるべく近づかないでください」
そう言い残し、彼は走り去っていった。
「えっ、セロくん!」
呼び止めるのも虚しく、既に彼の姿は遠のいていた。
追いかけることもできず、私はとりあえず、自分の部屋に戻った。
「セロくん、どうしたんでしょう……明日まだお見舞いに行った方がいいかな――」
「お前、あの軟弱者が気になるのか」
後ろから男性の声がした。
振り返ると、レオードという男性がいた。
「あなた、どこから――」
「お前、いい匂いするな」
彼は私に近づき、なぜか首筋を嗅ぎ始めた。
私の体は硬直した。
「ディアナってつってたな、なぜここにいる」
彼の鋭い目が、ギラギラと私を見ている。
「えっと、瘴気の森で倒れてたら、助けられて、ここに」
「ふーん」
(凄く睨まれている……何か不快にさせることをしたのでしょうか)
「おまえ――」
息を吞み、次の言葉を待つ。
「明日から、俺の下僕になれ」




