Scene 6
見渡す限り、どこまでも続く灰色の荒野。遠くからは絶え間なく流れるレーテ川のせせらぎが聞こえてくるものの、周囲を支配しているのは乾いた風の音だけだった。
スカーレットは傍らに立つ少年に向き直った。その色素の薄い瞳が、彼をじっと見つめる。記憶は霧の中にあり、自分が何者かも定かではない。それでも彼女の奥底にある芯の強さが、この不可解な状況を理解しようとあがいていた。
「ここは……一体どこなのでしょうか?」
問いかける声は、乾いた大気に吸い込まれていくようだ。
「なぜ、こんなにも色が、ないのでしょう?」
目の前の少年――ウィリアムは、混乱し、神経質に周囲を警戒している。彼ならば、この荒涼とした世界について何か知っているかもしれない。スカーレットは彼に問いかけつつも、心の何処かで警戒を解かずにいた。信じたいと願う心と、疑うべきだと告げる直感の狭間で、彼女は答えを待った。
その時だった。
スカーレットとウィリアムの背後で、それまで砂を巻き上げていた風が、唐突に止んだ。
徐々に凪いだのではない。舞台の幕が下りるように、不自然な重みを持った静寂が辺獄を包み込んだのだ。
「詩人は物語に導かれて世界と出会う」
静寂を裂くことなく、しかし朗々と響き渡る声。
驚いて二人が振り返ると、そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。
灰色の外套を纏い、顔立ちは古典彫刻のように威厳がある。まるで最初からその風景の一部であったかのように、男は音もなくそこに佇んでいた。
スカーレットは反射的に身を硬くした。鋭い視線で男を睨みつけ、油断なく後ずさりする。全身の毛穴が粟立つような緊張感。
「何者だ? ……亡霊か?」
敵意は感じられない。だが、この得体の知れない存在の前で隙を見せるわけにはいかなかった。言葉を探り、相手の出方を見極めようと思考を巡らせる。
対照的に、ウィリアムの反応は劇的だった。
彼はスカーレットを僅かに背に庇うように踏み出したが、その痩せた体は小刻みに震えていた。極度の緊張に見開かれた瞳は、まるで追い詰められた小動物のように鋭く、泳いでいる。いつでも逃げ出せるように膝を僅かに曲げ、喉の奥からは引きつったような呼吸音が漏れていた。
スカーレットは、男――ヴィルギリウスの瞳をじっと見つめた。
そこで彼女は、奇妙な感覚に襲われた。
(あの男の瞳……)
ウィリアムが感じているような根源的な恐怖が、スカーレットにはない。
男の眼差しには、穏やかで知的な光が宿っていた。それは混沌とした亡霊や、理性を失った怪物とは決定的に異なるものだった。
直感的な安心感。まるで、ずっと以前から知っている「物語」の一節に触れたような、不思議な安らぎ。
(敵とは違う。何か……知性を感じる)
スカーレットは強張らせていた体の力をわずかに抜いた。警戒は必要だが、恐怖に呑まれる必要はない。彼女は、隣で過敏に反応しているウィリアムとは全く違う形で、この男の存在を受け入れ始めていた。
ヴィルギリウスは、ウィリアムの露骨な警戒心に対しても眉一つ動かさなかった。
ただ深みのある瞳で、静かに二人を見つめ返している。
灰色の空の下、三人の間に奇妙な緊張感が満ちていく。
遠くで響く川音だけが、永遠に続くかのような沈黙を埋めていた。




