Scene 5
灰色の土と小石が広がる岸辺には、湿り気を帯びた重たい沈黙が垂れ込めていた。すぐ側を流れるレーテ川の濁流は、死者の嘆きを飲み込んだかのように緩やかで、その水音だけが世界のリズムを刻んでいる。
スカーレットは身じろぎもせず、足元の少年に視線を注いでいた。
川から引き上げられたばかりの蒼白な肢体。その胸が浅く、しかし確かに上下し、乱れていた呼吸がようやく整い始めている。濡れた髪が額に張り付くその顔立ちには、幼さと、不釣り合いなほどの苦悶が刻まれていた。
敵意は、感じられない。けれど、油断はできなかった。記憶を持たぬ自分にとって、他者は唯一の手掛かりであり、同時に未知の脅威でもある。
スカーレットは川面を渡る風に身を震わせながら、意を決して唇を開いた。湿った大気に、少女の声が波紋のように広がる。
「あなたの名前は?」
問いかけは、しばし灰色の虚空に吸い込まれたまま帰ってこなかった。
少年はすぐには答えなかった。その瞳はスカーレットを映してはおらず、どこか遠い、ここではない場所を彷徨っているようだった。
数秒の沈黙が、永遠のように長く感じられる。
やがて彼は、苦しげに顔をしかめた。それはまるで、自らの内側に存在する膨大な、しかし乱雑に散らばった書庫の中から、たった一冊の書物を手探りで探し出そうとするかのような、精神の彷徨に見えた。
彼の視線が、不意に定まる。憑かれたようにスカーレットを見つめ、濡れた唇から掠れた声を絞り出した。
「……ウィリアム。ウィリアム・シェイクスピアと名乗ることになっている」
その奇妙な響きに、スカーレットは思わず眉をひそめた。首をわずかに傾げ、少年の瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめ返す。
名乗る、のではない。名乗ることになっている、とは。
「名乗ることに、なっている……? それは、どういう意味?」
疑念を隠そうともせず、スカーレットは問い返した。
その言葉は、あまりにも異質だった。まるで台本に書かれた台詞を読み上げさせられているような、あるいは誰か別の存在によってその名を「定義」されたかのような、受動的な響き。
そこには、「私」という確固たる意志が欠落していた。
言いようのない違和感が、スカーレットの胸をざらりと撫でた。目の前にいるこの少年は、ウィリアムという名の人間なのだろうか。それとも、その名を与えられただけの、中身のない空虚な抜け殻なのだろうか。
底知れない空虚がその名の背後に広がっているのを感じ、スカーレットの背筋に冷たいものが走った。




