Scene 36
天を裂く雷鳴が、王の訪れを告げるファンファーレとなった。
刹那、白光が「嘆きの森」を焼き尽くす。
永遠の微睡に沈んでいた湿地帯が暴き出され、自死した者たちの魂が変化した捻じれた木々が、強烈な明滅の中で苦悶の影を濃く落とした。
光が収束する中心に、彼――かつてのデンマーク王の亡霊は降り立った。
纏うは冷厳なる鋼の甲冑。それは生前の栄光を象りながら、死してなお魂を現世の怨念に縛り付ける、呪いの檻でもある。
兜の奥底で燃える双眸は、煉獄の業火を宿したかのように赤く輝き、視界にあるすべてを威圧していた。
彼の出現と共に、森の湿った空気は一瞬にして凍りつき、絶対零度の冷気が支配する玉座の間へと変貌する。
目の前には、儚げな少女が立ち尽くしていた。
スカーレット。息子のハムレットと、あのオフィーリアの間に芽吹き、そして歴史の闇に摘み取られた蕾。存在し得ぬはずの孫娘。
亡霊の周囲で渦巻く冷気が、彼女を逃がさぬよう包囲網を狭めていく。周囲の木々が氷結し、魂の悲鳴のような軋みを上げた。
恐怖せよ。震え上がれ。
復讐の道具として完成させるためには、個人の意志などという脆弱な夾雑物は不要だ。絶対的な畏怖を魂に刻み込み、ただ一振りの剣として研ぎ澄ませばよい。それが王家の義務であり、この娘に与えられた唯一の救済なのだから。
亡霊は、甲冑を重々しく軋ませて口を開いた。
放たれるのは単なる音声ではない。強い情動が物理現象へと置換されるこの辺獄において、王の言葉は空間を圧し潰す質量そのものとなる。
「その子は復讐の証だ! 世界の不正を告発させろ!」
言葉が衝撃波となり、物理的な暴威となってスカーレットを打ち据えた。
大気が悲鳴を上げ、不可視の巨槌が彼女の華奢な肢体を押し潰そうとする。
憐憫などない。この穢れなき魂こそが、弟王による簒奪と、汚された寝所の罪を白日の下に晒す証拠品となるのだ。一族の無念を晴らすためならば、己の血肉を薪としてくべることに何の躊躇いがあろうか。
少女が音圧に耐え切れず、その細い膝を泥濘に屈しようとした、その時である。
王の視界の端で、塵芥のような影が動いた。
詩人かぶれの少年、ウィリアム。
冥府の冷気と王威に当てられ、小動物のように全身を震わせている。顔色は死人のように蒼白で、立っていることすら奇跡のような有様だ。
だというのに、小僧は足元の泥の中から、一本の「折れた木の枝」を拾い上げた。
何の真似だ。
そのような枯れ枝で、深淵より来たる復讐者に抗うつもりか。
亡霊の思考を嘲笑うかのように、少年は震える手で枝を握り締めた。泥に塗れたただの木片が、彼の手の中で、物語を綴る「ペン」のようにも、不正を断つ「剣」のようにも見えた。
彼はそれを構え、亡霊とスカーレットの間に割って入った。
「彼女は……道具じゃない!」
空間が凍り付く。
矮小な若造が、この荘厳なる復讐劇の配役に異を唱えるというのか。
激昂が兜の奥で爆ぜた。亡霊は燃える眼光をウィリアムに突き刺し、空間をも歪ませるほどの殺気と重圧を一点に集中させる。足元の地面に亀裂が走り、物理的な負荷が少年の精神と肉体を同時に軋ませた。
「跪け、小僧! 貴様の命など、塵芥にも等しい! 我が復讐の前では、無力であることを悟れ!」
轟音と共に放たれた言葉が、ウィリアムを叩き潰そうと襲い掛かる。
だが、亡霊は不可解な抵抗を感じていた。
あのような粗末な枝切れから、異質な波動が放たれている。それは物理的な力ではない。この狂った世界、定められた「悲劇」そのものを書き換えようとする、強固な拒絶の意志。
王の威圧を、たかが小僧の構えが押し返している。
その瞳にある光――あれは、物語を紡ぐ者特有の、現実を浸食する眼差しだ。
なんと小賢しい。そのような芽は、ここで摘み取らねばならぬ。邪魔をするならば、娘ごと精神を砕くのみ。
しかし、少年は退かない。
膝は笑い、目には生理的な涙さえ浮かんでいる。恐怖に食い殺されそうなその姿は、あまりにも無様で、無力だ。
それでも、奴は王の眼光から決して目を逸らさなかった。
枝を握る手に、血が滲むほどの力を込める。恐怖を自らの言葉で塗りつぶすように、少年は全身全霊を込めて叫んだ。
「僕も、彼女も……誰かの道具なんかじゃない!」
その叫びは、雷鳴よりも鋭く、亡霊の呪われた甲冑を内側から震わせた。




