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果てしないスカーレット  作者: 細田衛
29/41

Scene 28



第四階層、炎の舞台。

そこは、ダンテが描いた地獄の光景を、さらに狂気で歪めたような円形劇場だった。


スカーレットは、全身を舐めるような凄まじい熱波と、空気を震わせる剣戟の轟音に圧倒され、思わずたたらを踏んだ。

肌を焦がす熱さは、単なる物理現象ではない。この辺獄リンボにおいては、激情こそが物理法則を凌駕する。

(熱っ……! 一体、何が……!)

彼女は本能的に後ずさり、燃え盛る舞台の端、かろうじて炎の舌が届かぬ場所へと身を寄せた。

(この熱は……! ただ事じゃない。中心にいる二人の憎悪が、たきぎとなってこの空間を燃やしているのか。私まで焼かれてしまう。まずは、ここから少しでも離れないと……)


舞台の中央では、一人の青年が狂乱の炎となり、舞っていた。レアティーズだ。

彼は憤怒の形相で、燃え盛る炎の長剣を振り上げ、目前の敵へと叩きつける。剣閃は空気を切り裂き、紅蓮の奔流となって相手を飲み込まんとする。


「貴様さえいなければ!」


レアティーズの口から迸る言葉は、台詞というよりは呪詛に近い。

だが、その一撃を受け止めたのは、生身の人間ではなかった。


漆黒の炎を纏った剣が、紅蓮の剣を正面から受け止める。

火花が散り、地面がさらに黒く焼け焦げる中、スカーレットはその「敵」の姿に息を呑んだ。

それは、揺らめく陽炎のように輪郭が曖昧で、明確な肉体を持たない「影」そのものだった。

名乗るべき舌も、嘆くべき表情も持たず、ただレアティーズの激情を受け止めるためだけに存在する虚無。


そこへ、ウィリアムが静かに歩み寄ってきた。

業火の中にあって、彼だけが涼やかなインクの匂いを纏っているかのように冷静だった。彼はスカーレットの耳元で、詩を吟じるように、けれど冷徹な分析を口にした。


「スカーレット、よく見ろ。この炎は彼らの憎悪そのものだ」


ウィリアムの指先が、名もなき影――ハムレットを指し示す。


「そしてあのハムレット……まだ物語としての実体を持てず、黒い影のままだ。彼らは終わりのない殺し合いのループ(円環)に囚われている」


「ゴホッ、ゴホッ……!」


ウィリアムの言葉を聞き入れようとするが、熱波と黒煙が容赦なくスカーレットの喉を焼いた。

両手で顔を覆い、呼吸をするたびに肺が炭化していくような苦痛に襲われる。


(ウィリアムさんの言う通りだわ……)


生理的な涙で潤む視界の先、影法師のようなハムレットが揺らいで見えた。


(あのハムレットの姿、人間というより不安定な影法師みたい。憎しみだけで形を保って、永遠に戦い続けているなんて……。でも、この熱さは限界……!)


物語に生まれ落ちることのなかったスカーレットにとって、彼らの「終わらない物語」はあまりに壮絶で、そして空虚だった。


その時、戦局が動いた。

ハムレットの影が、レアティーズの炎の剣を渾身の力で押し返したのだ。

体勢を崩す間も与えず、漆黒の剣が閃く。狙うは鎧の隙間、命の在処。

二つの剣が再び激突し、金属が悲鳴を上げると同時に、二色の憎悪が混ざり合い、爆発的に燃え上がった。


衝撃波が周囲の炎を巻き込み、舞台全体を一瞬にして紅蓮の地獄へと塗り替える。

もはや演目などではない。これは破綻した脚本の上で踊る、魂の共食いだ。


「――ッ!」


レアティーズは激情のままに影の一撃を弾き返し、鍔迫り合いへと持ち込んだ。

周囲の炎が巨大な壁となって天高く立ち上る。

二人の憎悪が極限に達したその刹那、レアティーズの血走った瞳が、舞台の端にいる「観客」たち――スカーレットとウィリアムを捉えた。


「邪魔者は消えろ! 貴様らに構っている暇はない!」


彼にとって、復讐劇の邪魔をする者はすべて、物語から退場すべき書き損じに過ぎないのだと言わんばかりに。

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