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果てしないスカーレット  作者: 細田衛
23/41

Scene 22



監獄のような回廊を満たすのは、古いインクの酸味と、降り積もる紙の埃の匂いだった。壁一面に描かれ、あるいは埋め込まれた無数の「目」が、侵入者たちを冷徹に見下ろしている。


スカーレットの視線の先で、ウィリアムがふと足を止めた。

彼は圧迫感を放つ壁の「目」と、行く手を阻む亡霊たち――かつての宰相ポローニアスとその配下たち――をゆっくりと見回した。怯えの色は消え、その唇には冷ややかな笑みさえ浮かんでいる。

彼は詩を吟じるように指を突きつけ、静寂を切り裂いた。


「若造だと? 笑止千万」


ウィリアムの声は朗々と響き、澱んだ空気を震わせた。


「私はお前たちの創造主だ。お前たちの存在意義、その悲劇的な運命すら、私の筆先一つで塗り替えられる! 所詮、お前たちはただの文字の羅列に過ぎないのだからな!」


その不遜な宣言に、回廊がどよめいた。

壁に張り付いた無数の「目」が一斉にウィリアムを睨みつける。その視線は氷のように冷たく、物理的な重圧となって彼にのしかかった。

亡霊たちは嘲笑を押し殺し、重々しい足取りで包囲網を狭めてくる。彼らの顔色は死人特有の灰色を濃くし、抱えた書類の束がわななき、インクの異臭がいっそう強く鼻をついた。


「創造主だと? 笑わせるな!」


ポローニアスとおぼしき影が、唾を飛ばすように叫んだ。


「若造、狂ったか! お前のような青二才が、この由緒正しき物語を理解できるとでも? 戯言はそこまでだ。お前はただの道化、舞台の端で騒ぐだけの存在に過ぎない!」


道化。その言葉に、ウィリアムは大きく息を吸い込んだ。

彼の顔からは血の気が引いていたが、瞳だけは燐光のような鋭さで亡霊たちを射抜いていた。彼は腹の底から、劇場の隅々まで届くような声音で宣告した。


「俺が書く物語の中で、お前たちは決して『英雄』にはなれない」


その一言が落ちた瞬間、世界が軋んだ。

亡霊たちの動きが、凍りついたように停止する。嘲笑や侮蔑の表情は消え失せ、代わりに深い困惑と動揺が彼らの顔を覆っていった。

抱えていた書類の束が、まるで重力を失ったかのようにふわりと浮き上がり、震え始める。壁の「目」の視線さえもが揺らいだ。

彼らの身体を構成する輪郭線が曖昧になり、まるで水面に落としたインクのように、じわじわと滲み始める。


「英雄…ではない…? それでは、我々は…一体…」


存在の根幹を問う呻き声に対し、ウィリアムは慈悲もなく言葉を重ねた。冷酷な目で見下ろし、嘲笑を込めて。


「英雄だと? 笑わせるな! お前たちは、ただの滑稽な喜劇の登場人物だ。観客はお前たちの死を悲しむどころか、指をさして笑うだろう。悲劇の住人としての誇りも、尊厳も、すべて嘲笑の的にされるのだ!」


決定的な一撃だった。

ポローニアスは抱えていた書類をすべて取り落とし、床にばら撒いた。紙片が雪崩のように散乱する中、他の亡霊たちも恐怖に顔を引きつらせ、立ち尽くすことしかできない。


最も恐るべき変化は、壁の「目」に起きた。

これまで監視者として絶対的な威厳を誇っていた無数の眼球が、一斉に視線を逸らしたのだ。

滑稽な道化へと堕ちた亡霊たち――あるいは自分たちが信奉していた権威の正体――を直視することに耐えられないかのように、それらは恥じ入り、沈黙した。


「笑われる…? そんな…我々が、道化…? ありえない…」


スカーレットは息を呑んで、その光景を見つめていた。

ウィリアムの横顔は、もはや怯える若者ではない。ペンという名の凶器を振るう、残酷な支配者のそれだった。

彼の言葉が放たれた瞬間、亡霊たちの顔から色が失われていくのが見えた。書類が床に散乱し、監視の目が沈黙していく。それはまるで、ウィリアムの言葉がこの空間の物理法則や秩序さえも破壊しているかのようだった。


(ウィリアムの言葉は、まるで研ぎ澄まされた刃だわ)


スカーレットは戦慄した。

彼は亡霊たちの肉体を傷つけるのではなく、その存在そのものを切り裂いたのだ。彼らが縋っていた「悲劇の重臣」という誇りや存在意義を根底から崩壊させ、「喜劇の道化」という汚名を着せることで無力化した。

生まれ落ちることさえ許されなかったスカーレットとは対照的に、彼は生み出し、そして恣意的に歪めることができる。

こんなにも残酷な力が、彼の手の中にあるとは。


「今だ。行くぞ」


ヴィルギリウスの低い声が、硬直した時間を動かした。

案内人は亡霊たちが絶望と混乱で凍りついている機を逃さず、灰色の外套を翻して回廊の奥へ向かって駆け出した。一瞬の躊躇もない、流れるような動作だった。


ウィリアムもまた、即座に応じた。

彼は踵を返し、もはや抜け殻のように立ち尽くす亡霊たちに一瞥もくれず、走り出す。その表情には、かつてこの場所で抱いていた恐怖の色は微塵も感じられない。

彼にとって、ポローニアスたちはもはや恐るべき敵ではなく、書き割りの背景の一部と化したのだ。


スカーレットもまた、二人の背中を追って駆け出した。

背後では、インクの滲んだ道化たちが、崩れ落ちた自尊心の残骸の中で呆然と立ち尽くしていた。

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