Scene 17
背後の宮廷から遠ざかるにつれ、あの喉を焼くような香水の甘ったるさが、潮が引くように薄れていった。
代わりに吹き込んできたのは、冷たく乾いた風である。それはどこか古い地下室の埃っぽさを孕んでおり、スカーレットの肌にまとわりついていた『儀礼』という名の重圧を洗い流していく。肺を満たす空気が入れ替わる。まるで、作り物の舞台から降りて、初めて本当の夜気に触れたかのような清々しさだった。
(宮廷の匂いが、消えていく……)
出口の向こうには、どのような世界が広がっているのか。スカーレットは小さく息を吸い込み、決意を新たにする。ウィリアムが教えてくれた通り、ここからは自分の足で進まねばならない。
沈黙の案内人、ヴィルギリウスが動いた。彼は言葉の檻に閉じ込められ硬直したままの廷臣オズリックを一瞥し、その隙を見逃さずに無言で出口を指し示す。速やかにこの場を離れよ、とその冷徹な瞳が促していた。
ウィリアムは肩で息をしながら、忌々しげに背後の煌びやかな虚構を振り返った。その瞳には、未だ興奮の熱が宿っている。彼は誰に聞かせるでもなく、虚空に向かって吐き捨てた。
「形式に従えば、悲劇すらもただの手続きになってしまう。あんなものは魂の抜け殻だ」
スカーレットはその横顔を見つめ、戦慄した。この若き詩人は、物理的な暴力など一切振るわず、ただ『言葉』だけで、あの強固な宮廷の理をねじ伏せたのだ。それはまるで、世界を書き換える魔法のようだった。
早足で彼に歩み寄り、安堵と共にその顔を見上げる。
「ありがとう。あなたが言葉にしてくれなかったら、私はあそこで『客』という役割に塗りつぶされていたと思う」
もし彼がいなければ、自分は永遠にあの空虚な儀式の一部として消費されていただろう。感謝の念が声に滲む。
しかしウィリアムは、軽く鼻を鳴らしただけだった。視線は既に前方の闇を見据え、歩みを止めることはない。
「当然だ。君はモブじゃない」
短く、けれど決定的な一言だった。彼がそう断言した瞬間、スカーレットという存在の輪郭が、世界に対してくっきりと縁取られたような気がした。
二人のやり取りが終わるのを見計らい、ヴィルギリウスが無言のまま踵を返した。彼が踏み入っていく通路の奥は、光の届かない薄暗い闇に満ちている。
スカーレットは二人の背中を交互に見つめ、小走りでヴィルギリウスに追いついた。彼の横に並び立つと、前方から漂ってくる異質な気配に肌が粟立つ。それは第一階層の華やかさとは対極にある、重苦しい静寂だった。そして、その暗がりの奥底から、肌を刺すような無数の『視線』が注がれているのを感じて、身を強張らせる。
それでも、彼女は顔を上げ、横を歩く案内人に声をかけた。
「ヴィルギリウス様、ありがとうございます。あなたが導いてくれるから、私たちはこうして先に進めます」
ウィリアムが私の存在を証明してくれたように、この案内人がいなければ、道を見失っていただろう。
だが、ヴィルギリウスは歩調を緩めず、スカーレットの感謝に背を向けたまま冷ややかに応じた。
「礼を言うのはまだ早い。感謝するなら、最後まで生き延びてからにしろ」
冷たい風が、通路の闇を揺らす。ヴィルギリウスは低く、警告するように続けた。
「……それに、貴様はまだ何も見ていない。この闇からの『視線』を感じないか?」




