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「ねえさん、俺たちをつけてる奴がいるのを知ってるか?ずっと、さっきから数メートル後ろから、こそこそついてきてる男がいるんだ」


白河猛夫が鋭い視線で、背後を振り返った。彼は、最近から神経質になって、すこしの物音や人の些細な表情に激怒するようになっていた。内心のいらだちが行動によく表れていた。

白河わかなは興味なさげに、どうでもよいというような感情のこもらない口調でいった。


「どうでもいいわ。捕まろうが私はやってないんだから」


猛夫は、その言葉にむっとして姉を睨む。


「そうだろうさ。姉貴は誘うだけだもんな」


その口調の荒さにわかなも猛男を睨みつけたが、2人は並んでコンビニの中に入っていった。


数本の水やお茶を買って、会計に行く。猛夫は我慢できなくなって、会計を終わらせてから、ずんずんと後を追ってくる男のもとに向かった。男はただ突っ立って、わかなと猛男を見つめるだけで逃げようとしなかった。


「おい、あんた?さっきから俺たちを監視してるみたいだけど、なんか用があんのかい?」


男はただ淡々と「調査してるんだ」と言った。


「調査?何の調査だか分からないけど、人のあとついてきて気持ち悪いんだよ。やめないとここで警察を呼ぶぞ」


「お前が呼べるのか」


猛夫はぎょっとして、男を凝視する。猛夫はすこし動揺しながらも男が何を狙っているのかを確かめることにした。


「あんた、探偵かなんかだろ?俺たち疑われるようなことしてないけど、なんなんだよ」


「お前は白河猛夫。25歳。白河わかなの異父兄弟で、姉のわかなが5歳のころにお前が生まれた。両親のせいで、お前たちはどこに行っても悲惨な目に遭ってきたみたいだな」


猛夫はにやりと笑って、男に食って掛かった。


「なんなんだい?あんた。俺らのこと調べでもしたのか?人の人生にあーだこーだー評価をつけて、楽しいか?あんたみたいな覗きの趣味がある変態野郎に俺たちは用がないんだがね」


「俺はお前たちが、殺人事件に関わってると思ってる」


男の発言に猛夫は体をビクつかせる。遠くで見ているわかなは退屈そうにしていたが、猛夫に近づいていった


「へえ。だとしたらどうだってのさ」


「猛夫、この人があとをつけた人なの?」


わかながまっすぐな瞳で男を見つめる。30代くらいのがっしりとした体つきをした男だった。その静かな瞳は、涼しげで憂いをおびている。高くそびえた鷲鼻と、くっきりとしたフェイスラインが男の魅力を出していた。わかなは一目見て、この男がいい男だとわかった。


「いい人ね。とても魅力的な目をしているわ。

私と一緒にこれからあそびましょう?」


わかなが空気を含んだねっとりとした口調で話しかけながら、男の腕に自分の腕を絡ませる。慣れた様子で、頭を男の胸にうなだれるように寄せる。男は動揺することもなく、目だけでわかなを見つめていた。


「肝が据わってるわ。さすがね。たくさん経験したのかしら」


うっとりとした口調でわかなが言うと、猛夫は、舌打ちをして頭を掻いた。目はずっと男に向けたままだった。


「どこで遊ぶんだ?」


男が感情のこもらない声でわかなに聞くと、わかなは上目遣いに男を見つめながら言う。


「ホテルがいいけど、三人だとだめね。喫茶店はどう?ゆっくり3人で話しましょう?」


わかなの気品あふれる優しい声とともに、三人は喫茶店に向かった。




白河わかなと白河猛夫とともに東條将臣は、彼らの自宅近くの喫茶店に来た。その喫茶店は個室があるらしく、空いていたので3人はそこに入った。わかなはずっと将臣の腕にくっついて、座席に座るときも隣に腰を下ろした。


白河わかなは、オーバーサイズの白の半袖と大きなブルーのワイドパンツをはいていた。その格好は明らかに似合っていなかったが、彼女はそのためにこの格好をしているらしい。彼女がきれいめのコーディネートをしたら、見違えるくらい変わるだろうと将臣は思った。身長は高く、スラッとした手足が目立つ。綺麗に切れ揃われたセミロングの茶髪がよく似合っている。ぱっちりとした大きな瞳が、彼女の感情をよく表している。まつ毛が長く、俯くたびに色気を感じさせる。ぽってりとした赤い唇が恐ろしいほど艶めかしかった。

それに比べて、白河猛夫は粗野な雰囲気を纏っていた。背はわかなより5センチほど高いぐらいの身長だった。緑色の生地に模様のようにかわいらしい猿がみっちり描かれている開襟シャツをきて、バルーンパンツを履いている。ライオンのたてがみのような茶色の長髪をかきあげている。わかなとはかけ離れた目つきをしていた。眼光が鋭く、威圧的で、喧嘩っ早い、好戦的な性格を醸し出していた。鼻はその融通の利かなさを表すように、鼻筋が定規で線を引いたように一直線で高く、尖っていた。唇は、薄く冷たさをたたえていた。2人は異父兄弟だったが、かなり似ていなかった。わかなに柔らかで上品な印象がすべて伝わり、猛夫には粗野な荒々しさが遺伝したみたいに思えた。


「これ全部あんたもちな。俺は、アイスコーヒーとチョコレートパフェとサンドイッチセットで」


「会ってそんなに仲良くないのに、気軽に頼んじゃだめでしょう」


猛夫が店に入ってメニューをみた瞬間に、会計をすべて将臣に押しつけようとしていた。わかなは優しくたしなめるが、彼女もアイスコーヒーとワッフルサンドを頼んでいた。将臣はアイスコーヒーを頼んだ。


「好きなだけ食べればいい。そのかわり、話をしてもらうぞ」


猛夫が耳の穴に手をほじくって、そのカスを将臣に向けて飛ばしてくる。その鋭い目つきは相変わらずで、将臣にじっと注がれている。


「何の話をすればいいんだ?俺はあんたの質問に答えれないかもしれない。だいたいにして、これくらいの飯の料金で話せることなんか限られてくるよな?」


「金を払っても言うつもりもないだろう?俺は今から予想を話して、お前たちの反応を見る。その反応からお前たちがやったかをじっくりと観察するつもりだ」


「面白そうね。私は大賛成よ」


将臣の隣にいたわかながぎゅっと手を握りしめ、耳元で囁いてくる。彼女は囁き終わると、きゃっきゃっと軽やかな笑い声をあげて、頬杖をついた。


「さあ、話して」


わかなが上目遣いで見つめてきた。将臣は話し始める。


「お前たちは8月11日に被害者の久慈村翔と会った。最初は白河わかなが久慈村と会っていた。そのまま2人で個室の居酒屋に入り、久慈村がトイレにでも行った時に薬を入れたんだろう。それで薬が効いて久慈村の意識が朦朧とした時に、白河猛夫が合流して2人で久慈村を車に乗せて、S市の埠頭にある廃倉庫で犯行をした。お前たちは、S市から離れた隣県に住んでいるから、すぐには警察が来ないと高をくくってるんだ。お前たちが使った車には、ガムテープで車のナンバーが隠されてあった。お前たちは計画的に久慈村をおびき寄せ、殺した。理由はよくはわからないが、表向きはこういうものだ。殺し方もなぜあんな凄惨なものにしたのかはわからない。この事件はお前たち二人でやったものだ」


わかなと猛男は、2人で視線を合わせ、にやりと笑った。


「それで?だからどうしたってのさ?」


2人はその答えを聞いても悠然としていた。ウェイトレスが運んできたサンドイッチとスープと3人のアイスコーヒーがテーブルに置かれる。猛夫は酷く汚い食べ方で、がつがつとかき込むようにサンドイッチを食べ始めた。将臣がその様子を見つめていると、わかながアイスコーヒーを口に含んでから言った。


「このこ、幼少期から食べ方が汚いの。親に教えてもらってこなかったのよ」


「凄まじい勢いだな」


「荒いでしょ?このこの父親もそんな人でね、このこは自分の父親のことを物凄く恥ずかしく思ってるの」


「そうなのか」


恥ずかしい親だったら、自分はそうならないように努力するものではないかと疑問を頭に浮かべながら、目の前の食事姿を眺める。


「たばこ吸っていいかい?」


猛夫がサンドイッチを平らげたあとに、言ってきた。この部屋は喫煙席であったので、将臣が頷くと猛男はポケットから紙タバコを出し、ライターで火を付けるとうまそうに吸い始めた。


「髪が臭くなるわ。ほんとあんたはそういう不良が好き好んでやるものばかりやるわね」


わかなが非難の声を出すと、猛夫はくくっと小刻みに笑って彼女に勝ち誇ったように眺め言った。


「俺は不良なんでね。ねえさんみたいなうわべだけ繕ってる人間じゃないんだ」


嫌がらせのようにわかなに向かって、たばこの息を吹きかけると、彼女は手で薙ぎ払って嫌な顔をした。

猛夫は意地悪く笑い、子供のような悪戯をしたあと、目つきを変えて将臣に対峙した。


「それで、俺たちがその久慈村って人を殺そうとした原因をあんたはなんて考えるんだい?なんで酷い殺し方をしたのか理由も聞きたいな」


将臣は自分の予想を告げた。


「原因は、お前たちの過去にあると思っている。お前たちにはそうしないではいられない何かがあるんだ。追い立てられるようにそうしたに違いない」


「私はそんなことないわ」


わかなは淡々とした声で否定した。


「私は人を殺したいなんて思ったことないもの。人を殺すくらいなら、自分が死んだほうがいいわ。こんな人生なんていつ終わってもどうでもいいもの」


わかなの口調は本音のようだった。将臣は猛夫をみると、猛夫は少し顔に力が入っていた。将臣は猛夫について調べて気になったことを話した。


「白河猛夫、お前は劇団に所属しているらしいな。小規模の劇団らしいが、お前を調べたらそういうことを趣味でやっているのがわかった。その劇団の人間にお前がどんな劇に出て何をやったのか聞いたんだ」


「へえー。俺があのクソみたいな劇団にいたことも知ってるんだ。けっこう調べてくれるじゃないか。それでそれで?」


「お前は、事件前まで『タイタス・アンドロニカス』のエアロンをやったと言っていた」


白河猛夫は黒い笑みを浮かべた。その目はギラギラと一瞬輝いた。


「ほう。それがどうしたんだい?それが殺人とどう関わってくるってのさ」


「何そのエアロンって?なんかエアコンみたいな名前ね」


わかなは猛夫の役については知らないようだった。将臣は唾を飲んで、予想を言った。


「『タイタス・アンドロニカス』は復讐の物語だ。息子をタイタス・アンドロニカスに殺されたタモーラがその腹いせに、彼の娘を凌辱し、舌と手を足を切り落とすんだ。エアロンは陵辱を仕向けるタモーラの情夫だ。タイタス・アンドロニカスは娘の復讐をはかるために女王とその陵辱をした息子とエアロンを殺すんだ。俺はお前が、その役になりきるために殺したんじゃないかと思っている」



猛夫は、ぽかんとした顔をして正臣を見つめていた。あの鋭い威嚇するような視線がなくなった瞬間だった。子供がびっくりするような顔のまま、猛夫はいった。


「よく知ってるじゃないか。感心したよ。あんな昔の物語を知ってるなんてね。それも邪道の。でも、俺は娘みたいに凌辱されたわけじゃないし、タイタスみたいな復讐をする役じゃないよ」


「かわいそうな話ね。私みたいじゃない」


ポツリとわかなが言った瞬間に、猛夫の顔が激しく歪んだ。


「お前は、白河わかなの生い立ちに娘を投影したんだ。お前は思ったはずだ。この物語を読んだ時に姉の人生のようだって。自分はタイタス側なのに、皮肉にもお前が演じるのはタイタスの娘を凌辱するように仕向けた役なんだ」


「人生なんてそんなもんだよ。俺は劇団から嫌われてたからね。いつも汚れ役なんだ。でも言っておくけど、俺はやってないよ。あんたが思うような事も思ってないし、全部妄想だよ」


猛夫は静かにそう言った。彼の顔から鋭さが消えていた。わかなはその猛夫の態度の変わりように驚いていたが、何かに気づいたように将臣の手を再び握りしめ、彼の肩に自分の頭を乗せた。


「あなたはいい人よ。私はわかるの」


将臣はその答えに確信を持った。この事件はこの2人の過去が深く関わっていると。

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