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陸軍モノ

S50計画ー影の矢は死なず

作者: 仲村千夏

 戦争が始まった年、俺はS50と出会った。

 煙を上げながらも駆け抜ける、鋼鉄の棺桶。俺たちの時代は、あれとともに始まった。


 S50は、我が軍が誇る新型中戦車だった。主砲は高初速の50ミリ砲。装甲は薄いが傾斜が効いていて、敵の軽戦車程度なら正面からでも叩き潰せる。何より速かった。舗装路なら時速五十キロ超え、旋回も軽快で、まるで戦場を滑る矢のようだった。


「馬鹿みたいに速いな、こいつは」


 初陣の日、操縦手のレイがそう言った。俺は車長席で笑いながら頷いた。戦場では、こいつだけが頼りだった。第七機動戦車連隊――その名の通り、速さで敵を翻弄する先鋒部隊。S50Aは、その象徴だった。


 当時の敵は旧式の装輪車や軽戦車ばかりで、S50の速射砲はそれらを容易く撃ち抜いた。撃って、走って、また撃つ。何もかもが順調だった。


 だが、戦況はすぐに変わった。


 敵は新型の重戦車を投入してきた。鋼鉄の塊、T-85。装甲は百ミリ超。我々の50ミリ砲では正面から抜けなかった。撃っても、跳ね返されるばかり。やがて、戦場に重戦車の影が落ち、S50の優位は消えた。


 第三中隊のS50が、正面から一撃で撃破された。砲塔ごと吹き飛び、地面に突き刺さる。俺たちはその光景を見て、言葉を失った。


 半年後、我々に支給されたのは中期型――S50B。装甲が増し、無線機能も強化されていた。だが、それは同時に速度の低下を意味していた。重くなり、鈍くなった車体。かつての矢は、今や盾だった。


「鈍重なカメになったな、俺たち」


 レイが言った。乾いた笑いだった。

 S50Bは支援任務に回された。重戦車の後方に付き、拠点を守り、歩兵と共に動く。あの頃の俺たちはもう、戦場の主役ではなかった。


 ある日、前線が崩壊し、我々だけが孤立した。増援は数時間後。敵の補給部隊が迫っているという情報を受け、俺たちは命令を無視して突撃した。


 夜の森を抜けて、敵の車列を襲う。光も音も抑えた隠密行動。かつて機動戦を担った我々が、今は奇襲を仕掛ける影の存在になっていた。砲声が夜を裂き、車両が爆発する。即席の襲撃は成功した。重戦車が到着するまでの時間を、俺たちが作った。


 そして、戦争末期。

 再び我々に回されたのは、S50C型。後期の軽量化モデルだった。


 砲塔は小さくなり、装甲も薄い。しかし、速度はさらに上がり、夜間戦闘用の装備も追加された。完全な偵察・機動戦車だ。主力とは呼ばれない。だが、誰よりも戦場の深部へ届く――そんな設計だった。


「なあ、車長」


 レイが言った。


「S50って、なんでまだ使われてんだろうな。主役だったのに、今じゃ影の裏方だ」


「でも誰よりも、戦場を知ってる。死にかけて、それでも生き残った」


 俺はそう答えた。


 その夜、S50Cで行った補給線襲撃任務は成功し、我々は無傷で帰ってきた。今や敵味方問わず、S50部隊は“影の矢”と呼ばれていた。速く、鋭く、そして静かに戦場を穿つ――死なずに帰ってくる旧型戦車たち。


 戦争が終わって数年。

 俺は退役し、今は記録官をしている。


 ある日、旧軍施設の隅で、草に埋もれたS50Cを見つけた。ひび割れた装甲、赤錆に染まった履帯。誰も乗らない鉄の箱。しかし、俺には違って見えた。


「お前は、ただの中戦車じゃなかった」

「最後まで俺たちを生かしてくれた、戦友だった」


 誰に語られることもなく、静かに眠る戦車。その記憶を、せめて記録に残そうと思う。

 この矢は、もう放たれることはない。

 だが、確かに――戦場で生きていた。

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