キノコパック工場のバイトに行ったらキノコが食えなくなった男の話
昼休みのS大学学食。
錫木が今日の日替りメニューである特製カレーを食べていると、同じ学科で友人の里卯がやってきてA定食のトレイをテーブルに置いた
「あー、錫木、ここいいか?……ヒッ!」
「なんだ?なんか出たか?」
向かいの席に座ろうとした里卯が微かな悲鳴を上げたので、虫でも出たのかと錫木が質問する。
「あ、いや……あ、すいません、何でもないですよー」
周囲の訝しむ視線に何でもないですアピールをしながら里卯が席に着く。
しかし里卯の表情は強張ったままだ。
「本当にどうしたんだ?」
「そ、それ」
「カレーがどうかしたか?」
「カ、カレーじゃなくて」
「は?……あ、もしかしてこれか?カタリタケが嫌いなのか?あれ?前は普通に食ってなかったっけ?」
その日のカレーにはカタリタケというキノコがほぼ原型のまま入っていた。
カタリタケとは数年前から市場に出回るようになった新種のキノコだ。
全長が10センチほどでエリンギと同じくらいの大きさだが、エリンギと違ってカサの部分が大きくドーム状に丸くなっている。
「嫌いじゃなくて、いや、そのー……カタリタケをパックに詰める工場のバイトに入ったら食えなくなっちゃって」
「あー、そーいや言ってたな。作業始める前に耐えられなくなって辞めたって。俺も似た経験あるからわかるわー。スイートコーンの缶詰工場でバイトしたらしばらくコーン食えなかったもん。食品工場って食材の匂いが凝縮されてめっちゃ嫌な臭いになるんだよなー」
「カレーの匂いが強くてカタリタケの匂いに気付けなかった……分かってたら学食なんか入らなかったのに」
そう言って里卯は立ち上がりA定食のトレイを手にした。
「飯、返してくる」
「一口も食ってないじゃん!?他人がカタリタケ食ってるだけでそこまでダメなのか!?」
「ああ、食欲なくなったし今日はもう帰る」
そう言って里卯はトレーを返却口へ戻し、学食を出ていったのだった。
◇◆◇
里卯はアパートの自室に帰り、リビングへのドアを開ける。
「ただいまー。皆元気だったかなー?」
リビングには浅目の木箱が並び、そこには大量のカタリタケが栽培されていた。
「ギュリ」「ギュリ」「ギュリ」
カタリタケ達はまるで里卯の言葉を理解しているかのように鳴き声を返す。
里卯がバイトでカタリタケのパック工場に入ったとき、どこからか『ギュリ、ギュリ』という音が聞こえ続けていた。
一緒にバイトに入った仲間達に聞いても
「そんなの聞こえねえぞ?」
と首を傾げられるばかり。
どうやら里卯にしか聞こえてないらしい。
実際に作業現場に入り、それがカタリタケ達の鳴き声であることを知った里卯は気絶しそうになるほど驚いた。
しかし、カタリタケ達がその鳴き声で里卯達人間にも親しげに話しかけてくれていることに気付くと一気にカタリタケ達が可愛く思えてくる。
だが、ベルトコンベア横に配置された里卯は再び気絶しそうになった。
「ギュリイーッ!ギュリイーッ!…………ギュリ……」
動物とメカニズムは異なるが、ほとんどのキノコ類は呼吸をしている。
ベルトコンベア近くではパックに詰められて窒息死寸前のカタリタケの断末魔の声が聞こえてくるのだ。
こんなもの聞き続けてられないと、里卯は即そのバイトを辞したのだった。
その後、カタリタケの可愛さが忘れられない里卯は木箱を購入して菌床を敷き、自室でカタリタケを栽培するようになった。
そんな里卯にとって今日のように目の前でカタリタケを食われるというのは、愛犬家が目の前で犬の丸焼きを食われるのに等しい苦痛であることは言うまでもない。
食欲も無くなろうというものだ。
「ちょっと湿気が足りないかな」
里卯が霧吹きで水分を与えるとカタリタケ達は「ギュリ」「ギュリ」「ギュリ」と鳴き声を上げ、体を震わせて喜ぶ。
「……ギュリイ」
新たに芽を出したカタリタケがあっという間に10センチ程に成長する。
それを見た里卯はその愛らしさに目を細めるのだった。