森みつえ
「野間さん……今、音がしました」
愛理が耳を澄ませる。
「これは……三味線だな」
モリエが静かに答えた。
野間が手を合わせる。
「なんかすごいオーラが 来るよ 来るよ いやな予感」
和服姿の女が現れた。
静かに佇むその姿には、時間が止まったような品格と、ほんの少しの恨み節が混ざっていた。
「みつえです。座長です」
女は堂々と名乗った。
「座長……」と愛理がつぶやいた。
「千回公演をやる予定だったのよ。でもね火事で全部パー。
観客は来ないし、私の最後の舞台も消えちゃったの」
「先生……まだここに?」と野間が問う。
「そうなの。悔しくて悔しくてね。死んでも死にきれないって、こういうことなのよ」
みつえは乗船切符をもっている。
みつえは愛理の前にまっすぐ近づいた。
その瞳は燃えるような情熱と、どこかあっけらかんとした軽やかさを湛えていた。
「ちょっと、あなた。私の最終公演、脚本書いてくれない?」
「……え?」
「え、じゃないわよ。あなたの顔は脚本家の顔よ。それに目が脚本家してるのよ」
「わたしは記憶がないので・・・・」
「座長、頼みますから乗船してください」
「やだ。舞台に立たずにあの世だなんて、私の美学が許さないの」