第4章:「ようこそクラディアへ」
──夜が、静かに深まっていた。
特別区の北端。
エレナとノアは、舗装の剥がれた古い道路を踏みしめていた。
薄暗い街灯の先、鉄製のフェンスに埋め込まれたゲートが見える。
「ここが……クラディアへの境界?」
「そうだよ。表向きはもう封鎖された“放棄エリア”ってことになってる。
でも実際には、AIの管理が及ばない“半自由区”だ」
ゲートの端には、古びたセンサーが残っていた。
最新の生体スキャンではない。赤外線とパルス認証を使った、旧式の構造。
「まだ動いてるのね……このセキュリティ」
エレナが小声で言う。
「ヴァルネアじゃなく、たぶんクラディア内部の人間が管理してるんだと思う。
侵入者を排除するんじゃなく、“誰を入れるか”を見てるんだ」
ノアがゆっくりとフェンスに近づくと、
センサーが反応し、**ジジッ……**というノイズ音と共に、端末が点滅した。
次の瞬間、どこからか無線の音声が飛んでくる。
「アクセス信号受信──識別不明、目的コード照合中」
「待機せよ」
ノアはすぐに手首の端末を操作し、兄から受け取ったアクセスキーを表示させる。
「アッシュの残してくれたコード、通ってくれよ……」
数秒の沈黙の後、ゲートがカチリと開錠音を鳴らした。
「認証確認──“セオ・クレイン”へ接触許可」
「通過を許可する」
「兄さん……やっぱり手は打ってくれてたんだ」
ノアが呟き、2人はゲートを抜けた。
目の前に広がるのは、かつての農業区画だった名残を残す、広く荒れた街並み。
温室跡、潰れたハウス群、そしてその奥に、仄かに灯る“人の暮らし”の明かり。
「ようこそ、クラディアへ──」
暗がりの中から、フードを被った男が現れた。
その声は、柔らかくも用心深さを含んでいた。