第9話:追跡者レナータ(後半)
風が止まった。
森の奥に沈む太陽が、赤く空を染めていく。
「“再演”──許すなッ!」
レナータの命に、神殿騎士たちが一斉に踏み込んだ。
甲冑の音が波のように響き、刃が抜かれる音が空気を裂く。
エゼキエルは静かに右腕をかざす。
その手には、すでに現れていた──記録より再構築された“斧”。
黒鉄の片手斧。その刃は煤け、しかし異様な切先の存在感を放っている。
「──斧術・鉄断ちの型、再演」
空間が一度、潰れたように歪んだ。
一歩踏み出した瞬間、地を叩くような斬撃音が響く。
轟音。
一人の騎士が、盾ごと吹き飛ばされた。
鎧は裂け、盾は砕けた。だが刃は肉に届いていない。
意識を失ったその騎士は、地に倒れたまま動かない。
「……記録では、盾が“割れていた”。
ならば、その瞬間を、もう一度」
エゼキエルは、“殺さない再演”を選んでいた。
「演算の再現で倒すつもりかッ……! 死者の記録を、兵器に変える気か!」
「違う。これは“記録そのもの”だ。
斬られた記録は、斬られたという事実を持つ。
ならば、“二度目の事実”として刻まれるのも、また道理だろう」
「詭弁だッ!」
レナータが踏み込む。
片手半剣が鋭い弧を描き、エゼキエルに迫る。
だが──
「第三の記録、“再演”」
足元に幾何学的な演算陣が展開される。
その中心を踏みしめた瞬間、レナータの身体を下方から突き上げるような重力反転の術式が発動した。
「ッぐ──!」
宙へ浮かびかけた彼女の鎧に、次の瞬間、水平からの衝撃波が叩きつけられる。
鈍い金属音と共にレナータは吹き飛び、木の幹に背を打ちつけて崩れ落ちた。
「くっ……これは、“迎撃記録”か……!」
「神殿第六歩哨塔、崩壊前の自動迎撃式。
侵入者を殺さず、意識だけを断つための術だ。
記録は、選べる」
レナータは剣を支えに起き上がるが、膝が笑っていた。
彼女の口元からはうっすらと血が滲んでいる。
「貴様……どこまでが演算だ。どこまでが、あんた自身の意思なんだ……」
「それを記録する者がいれば、いつか“答え”になるだろう」
ミリィが、木陰からエゼキエルの姿を見つめていた。
その瞳に浮かぶのは、恐怖ではなかった──理解しきれないけれど、確かに信じようとする光。
レナータは騎士たちに合図を送る。
「……引くぞ。これ以上の記録は、“神の器”を汚すだけだ」
「記録しておこう。今日の戦いは、血を流さず勝ったものとして」
「くっ……」
彼女は背を向け、森の奥へと消えていく。
その背に、エゼキエルは何も言わなかった。
くっ殺ならぬくっ撤。
エゼキエルの性格的にそのつもりは無いと思いますが、
しっかり煽られて帰っているのもポイント高いです。
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