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アッシェン・ヴェイル -灰を渡る者-  作者: 神威縁
第一章:旅の交点
7/12

第7話:記録されぬ谷・4

空が灰に染まった。


ヴァルマーの背後から現れたのは、輪郭の曖昧な死者たち。

首がない者、手足のない者、顔が存在しない者──

“記録されることなく死んだ”という事実そのものが、彼らを形の不明瞭な恐怖へと変えていた。


「“記録されなかった”命は、輪郭を持たない」

「されど、情報の断片が漂えば──輪郭は再構築できる」


エゼキエルは静かに呟き、懐から一枚の紙片を取り出した。


「──“戦場筆録者(セント・グラファー)ランデル・カーター”。記録番号『残滓・第七十二』」

「死者三十六体を一筆で封じた男。その術式──“鎖筆封陣(フェッター・グリフ)”」


彼の前に現れたのは、一振りの筆と、空中に描かれる鎖の式。

それが光のような速度で、死者の群れの脚を結び、縛り、地面へと引きずり倒していく。


ギィイン……ギィイ……ガチャン!


聞いたことのない、重く濁った音。

まるで魂そのものを打ち付けるかのような振動が、空間に広がった。


「貴様……再現しているのか……記録上、術者の“心の動き”すら……!」


「魂は、心で動く。

 ならば“心の演算痕”さえ拾えば──再現は可能だ」


ヴァルマーが歯を食いしばる。


死者たちが動きを止める。

だが、すぐにその体から黒い霧があふれ、“別の何か”に変わっていく。


肉体が崩れ、空間に吸われ、闇の濃度が増していく。

それはもはや死者ではない。“死の構造”そのものが塗り替えられていく感覚。


「君の演算が何であろうと、世界の“記憶”が失われていくのを止めることはできない」

「これは否定の儀式。私はこの谷を、“記憶喪失の世界”へ変えるのだ」


霧が膨張し、井戸から空へと伸びる黒柱となる。

ミリィが後退しながら叫ぶ。


「空が、飲み込まれていく──!」


その瞬間──


エゼキエルが地に指をついた。


魂式演算(エイドロン・ロジック)──

 “戦術連鎖(ペンタコード)五重演算(・シーケンス)”」


空間に五重の魔術陣が展開される。

それぞれが異なる色彩、異なる記録、異なる“死者”の痕跡を帯びていた。


「第一演算:“降魔の(ディセンダンス)(・アロー)”──都市守備兵(センチネル・ガード)アラント・バウアー」

「第二演算:“空断(ストラングル)の紐(・スレッド)”──絞首術師(エグゼキューター)レメス・カノン」

「第三演算:“重奏の(クラヴァリア)鉄棘(・スパイン)”──楽団指揮官(コンダクター)ファロス・グレイ」

「第四演算:“帳の檻(ベイルド・ケージ)”──夜番(ノクターナル)修道士(・クレリック)イレーナ」

「第五演算──“無名の母(マ・ズァメル)”」


ミリィの目に、五つの術式が連動して動く様が映る。

音もなく、ただ光だけが流れていく。

一つ一つが“死の記録”であり、“生きた誰かの最期”であり、

エゼキエルの掌から放たれたのは、五つの“死者の意思”だった。


「記録せよ──その“死”に意味があると、証明するために」


術式が発動する。


矢が降り、紐が締め、棘が空間を裂き、帳が霧を封じ、

そして──無名の母(マ・ズァメル)の術式が、“記録を持たぬ存在”の輪郭を焼き出す。


「が──ぁ、ああああああッ!!」


ヴァルマーの叫びが、空に響いた。


霧が引き裂かれ、井戸の空間が閉じていく。

“記録されぬ死”たちが霧散し、エゼキエルの足元に広がる陣だけが、静かに光を灯していた。


彼は、記録した。

死を、名を、意思を、全てを──記録として。


「……“死者に名を与えること”は、

 “死があったことを否定させないための行為”だ」


霧が完全に消える。

ヴァルマーの姿も、もうなかった。


ただ、残されたのは空に刻まれた式の残滓と、

井戸の底に、“一滴の涙”のように澄んだ水が揺れていた。


ミリィはその光景を見つめ、ぽつりと呟いた。


「……きっと、救われたのかな」


「ああ」

「記録されぬ死は、“生”の否定になる」

「それだけは、絶対に許さない」

戦術連鎖(ペンタコード)五重演算(・シーケンス)の詠唱、相当悩みました。


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