第6話:記録されぬ谷・3
「さて……“死の演算者”殿。次は君が記録される番かもしれないね?」
声の主は、ゆっくりと石畳を踏みしめて近づいてきた。
足音がやけに響く。まるで町全体がその音を吸い込んでいるかのようだった。
「……貴様、記録に残っていない」
エゼキエルの声は低く、鋭かった。
彼のまなざしは、すでに敵を“情報”として解析し始めている。
「ふふ、それは光栄だな。“魂式演算”に引っかからない存在になれたのなら──ね」
男は笑みを崩さぬまま、井戸の霊影を一瞥した。
「ああ、かわいそうに。名前も、顔も、記憶も持たずに消えてしまった命。
私があれを“間引いた”のは、せいぜい昨日のことだったかな」
ミリィの顔色が変わる。
エゼキエルがさっと腕を広げ、彼女をかばうように立つ。
「名を」
「名など無粋だが──“ヴァルマー”とでも名乗っておこうか。
私はこの谷の“記録を否定する者”。
そう、君のような“記録魔”とは対極にいる存在だ」
そのとき、ヴァルマーの周囲に、異様な“歪み”が広がった。
空気がぐらりと揺れる。まるで、彼の周囲だけ現実がひずんでいるようだった。
「……演算結果の改竄、か。否、情報構造そのものが崩れている。
貴様……“記憶に干渉する”術を使ったな?」
「正確だね。やはり君のような記録者は、実にうるさくて……面倒くさい」
「だから壊すんだ。記録も、記憶も、演算も。全部、無意味だと証明するために」
ヴァルマーの掌が、ふわりと開かれた。
その瞬間──空気が破けた。
目に見えない断裂が走り、井戸の縁が、一瞬で切断された。
霊影が消え、井戸の奥から冷たい風が吹き上がる。
「後退していろ、ミリィ」
「で、でも……!」
「私は“記録する者”。
破壊には興味はない。だが──“記録を消そうとする者”は、最も強く記録される対象だ」
エゼキエルの背後に、魔術陣が展開される。
三重の環が回転し、そこに情報の粒子が流れ込んでいく。
「魂式演算──戦術演算、起動」
光が収束する。
彼の掌に出現したのは、大きな“鍵”の形をした武器だった。
それは誰かがかつて“封印”のために使った遺物の再構成。
「……術式・開錠打ち」
エゼキエルは一歩踏み出し、その“鍵”を振り下ろす。
空間がねじれ、ヴァルマーの歪みに打ち込まれた一撃が、虚無の膜を裂いた。
「──っ……!」
ヴァルマーが一歩退く。彼の肩がわずかに裂け、黒い霧が漏れ出る。
「なるほど……君は、“死”を素材に戦うだけじゃない。
“戦術そのもの”を記録して、反復しているのか……」
「貴様の“記録に残らない攻撃”は、記録者にとって最も面白い研究対象だ」
エゼキエルの目が細められる。
そこには激情はなかった。あるのは──絶対的な探究心。
ヴァルマーは舌打ちする。
「……構造解析が済んだという顔だね。なら、次は“記録できないまま”終わらせてやる」
霧が一斉に膨張する。
その背後から、記録に存在しない死者たちが、悲鳴のような声を上げて現れた。
「──“名もなき犠牲者”を喰らえッ!」
ミリィが叫ぶ。
「エゼキエル──!」
次の瞬間、視界が白く、灰に染まった──。
エゼキエルの旅はまだ始まったばかりですが、
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