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アッシェン・ヴェイル -灰を渡る者-  作者: 神威縁
第一章:旅の交点
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第6話:記録されぬ谷・3

「さて……“死の演算者”殿。次は君が記録される番かもしれないね?」


声の主は、ゆっくりと石畳を踏みしめて近づいてきた。

足音がやけに響く。まるで町全体がその音を吸い込んでいるかのようだった。


「……貴様、記録に残っていない」


エゼキエルの声は低く、鋭かった。

彼のまなざしは、すでに敵を“情報”として解析し始めている。


「ふふ、それは光栄だな。“魂式演算(こんしきえんざん)”に引っかからない存在になれたのなら──ね」


男は笑みを崩さぬまま、井戸の霊影を一瞥した。


「ああ、かわいそうに。名前も、顔も、記憶も持たずに消えてしまった命。

 私があれを“間引いた”のは、せいぜい昨日のことだったかな」


ミリィの顔色が変わる。

エゼキエルがさっと腕を広げ、彼女をかばうように立つ。


「名を」


「名など無粋だが──“ヴァルマー”とでも名乗っておこうか。

 私はこの谷の“記録を否定する者”。

 そう、君のような“()()()”とは対極にいる存在だ」


そのとき、ヴァルマーの周囲に、異様な“歪み”が広がった。

空気がぐらりと揺れる。まるで、彼の周囲だけ現実がひずんでいるようだった。


「……演算結果の改竄、か。否、情報構造そのものが崩れている。

 貴様……“記憶に干渉する”術を使ったな?」


「正確だね。やはり君のような記録者は、実にうるさくて……面倒くさい」

「だから壊すんだ。記録も、記憶も、演算も。全部、無意味だと証明するために」


ヴァルマーの掌が、ふわりと開かれた。


その瞬間──空気が破けた。


目に見えない断裂が走り、井戸の縁が、一瞬で切断された。

霊影が消え、井戸の奥から冷たい風が吹き上がる。


「後退していろ、ミリィ」


「で、でも……!」


「私は“記録する者”。

 破壊には興味はない。だが──“記録を消そうとする者”は、最も強く記録される対象だ」


エゼキエルの背後に、魔術陣が展開される。

三重の環が回転し、そこに情報の粒子が流れ込んでいく。


魂式演算(エイドロン・ロジック)──戦術演算、起動」


光が収束する。

彼の掌に出現したのは、大きな“鍵”の形をした武器だった。

それは誰かがかつて“封印”のために使った遺物の再構成。


「……術式・開錠打ち(グレイヴ・オープナー)


エゼキエルは一歩踏み出し、その“鍵”を振り下ろす。

空間がねじれ、ヴァルマーの歪みに打ち込まれた一撃が、虚無の膜を裂いた。


「──っ……!」


ヴァルマーが一歩退く。彼の肩がわずかに裂け、黒い霧が漏れ出る。


「なるほど……君は、“死”を素材に戦うだけじゃない。

 “戦術そのもの”を記録して、反復しているのか……」


「貴様の“記録に残らない攻撃”は、記録者にとって最も面白い研究対象だ」


エゼキエルの目が細められる。

そこには激情はなかった。あるのは──絶対的な探究心。


ヴァルマーは舌打ちする。


「……構造解析が済んだという顔だね。なら、次は“記録できないまま”終わらせてやる」


霧が一斉に膨張する。

その背後から、記録に存在しない死者たちが、悲鳴のような声を上げて現れた。


「──“名もなき犠牲者(イレイズド)”を喰らえッ!」


ミリィが叫ぶ。


「エゼキエル──!」


次の瞬間、視界が白く、灰に染まった──。

エゼキエルの旅はまだ始まったばかりですが、

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