第3話:ミリィ
森はまだ、死を引きずっていた。
朝靄の中、エゼキエルと少女は並んで歩いていた。
足元を覆う濡れた落葉は、踏むたびにかすかな音を立てる。
鳥の声ひとつない、重たい静寂。それでも──夜の恐怖とは違っていた。
少女は、何度もちらりと隣の男を見上げた。
黒いローブに身を包み、視線はまっすぐ前を向いたまま。
話しかけてもいいのか。沈黙が続くほどに、迷いは深くなる。
「……ねえ」
思いきって声を出した。
男の足は止まらない。けれど、わずかに顔がこちらを向いた。
「さっきの、光の斧……あれ、あのおじさんが斧使いだったって、どうしてわかったの?」
エゼキエルは一拍の間を置いて答えた。
「斧の柄に、傷が三十七本あった。
そのうち八本は切断面が浅く、刃こぼれの痕も偏っていた。
あれは“左上から右下に斬りつける”癖のある斬撃痕だ」
「彼の道具、残された日誌、それらの情報を基に魂式演算を施しただけだ」
「……そうなんだ」
少女はよくわからないながらも、「すごい」という言葉を飲み込んだ。
この人はそういう反応を求めていない気がしたから。
少しの沈黙が流れたあと、彼女はふと思い出したように言った。
「ねえ……そういえば、まだ名前、言ってなかったよね」
エゼキエルは反応を返さなかったが、歩みを緩め、気配を向ける。
「あたし、“ミリィ”っていうの」
彼は頷いた。静かに、確かに。
「……わかった。ミリィ」
その名を確認するように繰り返した声は、冷たくも温かくもなかった。
けれど、彼がその名前を“記録した”ことだけは、ミリィにもわかった。
ミリィは、少しだけ笑った。
──不思議と、泣いたあとみたいに、心が落ち着いていた。
やがて彼女がまた声を出す。
「これから、どこに行くの?」
エゼキエルは、歩きながら空を見上げた。
その瞳に映るのは、霧に霞む太陽ではなく──死の痕跡。
「……死が多すぎる。
この近隣に広がる死の波形は自然とは思えない」
「次は、山間の集落“コルヴァの谷”だ。
記録によれば、そこでも“記録されない死”が出ている」
「“記録されない死”?」
「魂が抜けているのに、死因がない。
あるいは、魂が“未定義な形”で割れている」
ミリィは眉をひそめた。
言葉の意味はよくわからない。けれど、怖さはわかった。
「……また、怖い人が出てくるの?」
「可能性はある」
「だが、必要なのは“恐れないこと”ではない」
「“恐れても、思考を止めないこと”だ」
その言葉に、ミリィは何も返さなかった。
けれど──ほんの少し、背筋を伸ばした。
霧の向こうに、朝日が少しずつ差し込んできた。
それは、灰の地に射す、ほんのわずかな希望の光だった。
改めて見返すとエゼキエルの観察眼、変態すぎるだろ…
そしてミリィかわいい。
エゼキエルの旅はまだ始まったばかりですが、
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