第2話:記録者エゼキエル(後半)
空気に残るのは、死と記録の匂い。
吹き飛んだ死者の骸は、もう動かない。
それは“倒した”のではなく、魂の演算によって“記録の再生”が完了しただけのようにも見えた。
少女は恐る恐る身を起こし、まだ泥だらけの膝を押さえながら、その男──
黒衣の学者のような風貌をした彼を見上げた。
男は、視線を少女に向ける。
灰色の瞳。冷ややかで、曇りのない光。
その中に、同情も怒りもない。だが──軽視もしていなかった。
「無事か」
その一言は、機械のように正確で、必要な情報だけを問うようだった。
少女は何も言えず、ただ頷いた。
声を出すには、喉がまだ震えていた。
男はすっと膝を折り、少女の目の高さにしゃがむ。
「君の村は……ここから東の麓だな」
少女がまた、こくんと頷いた。
「全滅か?」
言葉の選び方はあまりに容赦がなく、それでいて、誰よりも正確だった。
少女の目から、ぽろりと涙がこぼれる。
「……わかんない」
「お父さんも……お母さんも……目が……白くて、動いて……」
男は一瞬だけ、視線を逸らす。
そして、書を一度閉じた。だが、完全には仕舞わない。
「原因を探る。君の証言はその一助になる」
少女が顔を上げる。
その目には、涙と泥と、かすかな疑念が滲んでいた。
「……あなた、何者なの」
男は、ほんのわずかに唇を持ち上げる。
笑みというには小さすぎるが、何かを悟った者の余裕があった。
「私は記録者。名はエゼキエル・ノートン」
「魂に残された演算痕跡から、死の構造を読み解く者」
そして、ふと目を細める。
「……“魂式演算師”と呼ぶ者もいる」
その言葉を聞いた瞬間、少女の表情がわずかに変わった。
まるで、それをどこかで耳にしたことがあるかのように。
エゼキエルは立ち上がり、手を差し伸べる。
「立てるか」
少女が頷く。しかし、立ち上がろうとするも、ややふらついている様子だ。
エゼキエルは少女の目線にしゃがむと、手を伸ばした。
淡く光る術式が彼の掌から少女の膝に流れ込む。
痛みが、少し引いた。
「……ありがとう」
「礼はいらない。だが君に一つ、選択を預けよう」
エゼキエルは少女をまっすぐに見た。
その目は静かで、どこまでも深かった。
「私は、“死の原因”を探る旅をしている」
「危険な道だ。だが、君が“記憶の続きを見たい”のなら──ついてこい」
少女は迷った。
けれど、足元のぬかるんだ地面を見下ろしたとき、
その瞳には確かに、小さな意志が宿っていた。
こうして、一人の少女と“死を記録する術者”の旅が始まった。
誰かのためでも、世界のためでもない。
ただ、魂の残した痕跡を──自分の目で見届けるために。
エゼキエルの旅はまだ始まったばかりですが、
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