第10話:静かなる記録
騎士たちの姿が森の奥に消えて、ようやく風が戻ってきた。
張りつめていた空気が、ゆっくりと、しかし確実にほどけていく。
木陰に潜んでいたミリィが、恐る恐る姿を現した。
一歩、また一歩──足元の枯葉がかさり、と小さく鳴く。
彼女の瞳には、不安と安堵が入り混じっていた。
「……怪我は、ない?」
エゼキエルは、肩を払いながら、無言でうなずく。
「こわかった……剣の音も、怒鳴り声も、術の光も……。
全部、あんなに近くで見るの、はじめてだった」
「……当然だ。あれは、“人のための光”ではない」
ミリィは、首を小さく横に振った。
「でも、あなたは……誰も殺さなかった」
「そう見えたか?」
「うん。……それが、なんだか、安心したの」
そう言って、ミリィは胸の前で両手をぎゅっと握る。
言葉にはできない、けれど確かに感じた“何か”が、そこにあった。
エゼキエルはその姿を見て、目を伏せた。
そして、そっと手を掲げると、空中に一片の“記録”が浮かび上がる。
それは名もない戦いの痕跡──
けれど、確かに存在し、彼の革帳へと吸い込まれていった。
「なら、今日の戦いも──記録しておく価値があるな」
「わたしも……忘れないと思う。
あの人たちが剣を抜いた音も、あなたがそれを受け止めた時の顔も……全部」
風が、ふたたび森を渡る。
葉擦れの音が優しく響き、鳥たちが夜を知らせる声を上げた。
その音の中で、エゼキエルとミリィは並んで歩き出す。
名もなき旅路の始まりにして、
ひとつの記録が刻まれた──静かなる、確かな章の終わり。
これにて第一章は終わりです。
エゼキエルとミリィの旅は始まったばかり。
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