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Trouble is our business 2

3

 物心ついたとき、世の中にはすでに魔法少女がいた。熱狂と好奇はとっくの昔に過ぎ去っても、魔法少女は女の子の憧れであり続けた。ニュースの中や、子供向け番組に映る彼女達はとても輝いて見えた。

 だから、私に魔法少女の力が宿ったとき、とても嬉しかった。まるでクリスマスプレゼントを受け取った子供のようにはしゃぎ、ときめき、大人には秘密というスリルを味わった。()()()()()魔法少女として振る舞い、正義の力に酔いしれた。私は、どこまでも強くいられた。私に宿った魔法は、()()()()()()。私自身も、私以外の魔法少女だって、私が信じることができれば、どこまでも強くなれた。病気がちだった妹の身体も、こっそり私が強くした。ぜんそくでよく寝込んでいた彼女が、運動会で一番速く走ったとき、ズルだったかもしれないという罪悪感すら楽しんだ。家族の食卓で魔法少女の話題が出て、それが魔法少女としての私の話だった時の誇らしさは、母のハンバーグの味とともに思い出す。父も、母も、妹も、大好きだった。大好きな彼らを守れることが、幸せだった。

 魔法少女の友達もできた。すぐにグループになった。みんなで協力して街を守った。けれども、子供というのは簡単にすれ違う。正義の衣で調子づいていた私たちにはすれ違いを飲み込むような大人気はまだなかった。派閥は分かれ、その中でもすれ違いは起こる。小さなトラブル、大きな不安。私は少しずつ友達を信じることができなくなっていった。私が強くすることをあてにしていた1人が、怪我をした。私の力が弱かったからかもしれないし、そうではなかったのかも知れない。どちらにせよ魔法少女であればすぐに治るものだった。しかし友人達は、これを「手抜き」とみなした。私は友達から悪者になった。どうしても許してもらえなかった。きっと本当は許すとか許さないとかどうでもよかったのだろう。悪者が必要だったから、タイミングよく材料を持っていた私がそうなったのだ。

 私は日に日に信じられるものが減っていった。自分自身さえ信じられなくなった時、私は空が飛べてふつうの人間より頑丈なだけの存在になった。壊れることのない玩具になった。人は残酷だ。特に子供は残酷だ。虫と同じようにみられてしまったら、虫と同じ扱いしかしてもらえない。飛蝗の脚をちぎるように、私は踏みにじられた。今になって、何故耐えられたのかがわからない。多分、耐えられなどしていなかったのだろう。体より先に心が死んでいただけなのだ。日に日にかつての明るさを失う娘を見て、両親は随分と気を揉んだと思う。いつもより好物がたくさん食卓に並んだことを思い返せば、母はきっと勘づいていたのかもしれない。ならば打ち明ければ良かったのだろうか。しかし出来なかった。打ち明けても普通の人間の両親には何も出来ないと決め付けていた。魔法少女として闘うことすら出来なくなった私が、友人達の機嫌を損ねればあく魔から家族を守って貰えなくなるかもしれないとも思っていた。根拠は何も無かったけれど、確信だけ強く心に根付いていた。魔法少女としてのかつての自惚れは呪いになり、思い込みで勝手に家族を人質にしていたのだ、私は。

 それでも魔法少女にしがみついた。優しくしてくれる子もいたから。痛みを消してくれる魔法少女がいつも私の拷問を和らげてくれた。助けてくれることはなかったけれど、それでも幾分かは救われた。心の痛みまではどうしようもないからと、話も聞いてくれた。誰にも言えない、聞いても貰えない、そんな状況が続いた私は何もかも話してしまった。家族のことまでも。


 家が火事になるという状況の絶望感は、言葉で説明するのがとても難しい。思考が燃え盛る炎に食われる感覚だけは強烈に覚えている。色んなものがゆらゆら浮かんできて、()()()()と燃え盛るのだ。それでも必死に我に返って、私は炎の中に飛び込んだ。いつも柔らかく迎えてくれた人たち、私のおとうさん、おかあさん、妹のゆきちゃん。暖かい幸せをいつもわたしにくれた家族は渦巻く熱気の中、大きな、とても大きな()()()()串刺しにされていた。私は叫んだのだろう。取り乱したのだろう。何も分からなくなって、その場にへたり込んで家族が炭になってゆくのをただ眺めていたのだろう。なぜこうなったのか、誰がこんなことをしたのかは知っている。全て私のせいだ。この私、魔法少女クラニアムのせいだ。

 火が消えるころには、私の変身はとっくに解けていた。なぜ私も焼け死ねなかったのか、それは知らない。どうせくだらない本能だとかだろう。生き残ったところで、私にはなんの力もない。復讐などできるはずもない。一番の仇はこの私で、私には私を殺すほどの強さもないのだから。残念ながら、そこまで分かっていても疑問はまた生まれ、答えを得るために体は動いてしまう。なぜこうなったのかは知っていてもなんでこうならなければいけなかったかは知らなかった。理不尽になぜと問わずにはいられなかった。くだらない本能だ。問い詰めたところでなんの意味もないのに。実際なんの意味もなかった。半日火だるまになり、一晩大きなはさみで串刺しにされ、その間中何故と問い続けて出てきたのは、私が「魔女」だからだ、という解答だった。多分、笑ったと思う。まるで意味不明だ。

 その後、放置されていた私は公務員を名乗るスーツ姿の大人たちに保護された。家族のような暖かさはなかったけれど、気を使ってくれたし、ふつうの人生も用意してくれた。今覚えば期限付きだったが。魔法少女であったことも、幾分かは心のどこかに追いやれたと思う。今までは。



 「私のステッキ…」

諸星さんが取り出したそれは、間違いなく私のものだった。かつての私が得意げに振り回していた魔法のステッキ。太陽を模した造形物から短剣が伸びているようなそれは、向日葵のようにも見えた。

「そう、これは君のものだ。嫌な思い出もあるだろうし、使えないかもしれない。だが君のものだ。」

恐る恐る手に取ったそれは昔と少しも変わっていなかった。それが一番忌々しい。()()は未だに無邪気でいる。私から全て奪った癖に、くすみ一つなく、ここにある。まるで何も関係ないように。

『当たり前だろ。悪いのはそのステッキじゃなくてお前なんだから。』

本当に忌々しい。

「私が使っても大した能力は発揮できなかった。持っていても仕方がない。」

轟音がまた鳴り響く。身じろぎ一つで簡単に建物を破壊した怪物は、子供の笑い声のような鳴き声をあげながら、こちらに向かってくる。私がかつて戦っていた敵、そして今目の前に迫る脅威『あく魔』は、どの個体も共通して白くぶよぶよした表皮に、歯茎がむき出しになった口だけの顔面を持ち、大きな口から子供のような鳴き声を放ち、怪力で暴れ回る。獣のような四つ足の個体もいれば、蟲、海洋生物、人などの色々な形を持ち、中には魔法少女のように魔法じみた特殊能力を持つ個体も存在する。この個体は恐らく蟲型だろうか。脚六本だし。

「来るぞ!ボヤッとするな!」

諸星さんが怒鳴る。と同時に諸星さんのステッキがピンク色の光を帯び、やがてその光が諸星さんの身体を包む。魔法少女が変身する時と魔法を使う時に帯びるオーラだ。

「まさか…!」

魔法少女になるのか?諸星さんが?

「残念だが、君が考えてるようなことにはならなっ」

再び私の心を見透かそうとした諸星さんは、その内容を言い終える前に私の目の前から消えた。

「諸星さんっ!!」

あく魔の身体の特徴として、その体の柔軟性がある。よく伸びるのだ。うまく使いこなされると厄介だが、大半のあく魔にそんな知能は存在しない。が、単純な使い方でも凶悪極まりない。瞬時に首を伸ばしたあく魔は、諸星さんの胴に噛み付き、自分の下へ引き寄せた。あく魔は魔法に惹き寄せられる。魔法を発動しようとした諸星さんはすぐにターゲットとなり、今は咥えられている。真っ先に我々のもとに向かって来たのもステッキのせいだろう。

「問題ない!」

平然と諸星さんは応える。問題ないわけがない。あく魔は甘嚙みなどしない。諸星さんの胴体には明らかに歯が深々と突き刺さり真っ赤な血が流れ出ているが。

「諸星さん、私どうすれば…」

我ながら無能極まりない質問だ。初日からおしまいだ。指示待ち人間だ。

「何もしなくていい。すぐ終わる…」

諸星さんは手に持ったステッキをあく魔の顔面に思い切り突き刺した。大したダメージでは無いのだろう、一層甲高い声できゃはきゃはとあく魔は鳴いた。

「残念だが、笑えるのはそれで最後だ。」

瞬間、あく魔の上顎が泡立ち、激しく蠢き、弾けた。

「諸星さん…!」

上顎が弾けた勢いで地面に飛ばされ、事実上嚙み付きから解放された諸星さんはよろよろと立ち上がる。ジャケットはズタズタになり、シャツは鮮血に染っている。どう考えても致命傷だ。

「私のステッキならこの程度問題無い。もう傷は治っている。それよりもこいつだ…」

顔面の上半分を喪ったあく魔は、悶絶するかのようにのたうち回りつつもいまだ健在だった。あく魔には、決定的な弱点がある。身体のどこかにあるそれを破壊すればあく魔は死ぬ。裏を返せばそれ以外のダメージでは、死なない。

「倒さなくちゃ…退治しなくちゃ…」

あく魔は倒さなければならない。殺さなければならない。私が、私たちが、命に代えても。行かなくては。ステッキもある。だから。

『だから?何ができるんだ?お前が命に代えてできることってなんだ?』

あく魔が暴れる音に交じって不意にまたあの声が聞こえた。

『まさかお前ステッキがあればあの怪物をぶっ殺せると思ってるのか?どうせ使えないのに?自分から手放して、今の今まで知らんぷりしてたにしちゃ、随分と都合がいいねェ。』

うるさい。黙れ。居なくなれ。

『残念。居なくならない。うまく逃げ切ったつもりだろうが、居なくならない。お前のやらかした事と同じように、お前は逃げ切れない。なぁ?そのクソみたいな棒っきれはなんだ?お前はそれを持っていても何もできやしない。それはトロフィーだよ。お前が能無し一等賞だって証さ。』

ちがう。これは

『これは?お前が捨てたものだよ。お前が逃げ切るために人に押し付けたものさ。忘れていただろう?思い出さないようにしていただろう?手元に戻ってきて初めに感じたものはなんだ?嫌悪感だっただろう。そのがらくたがお前に囁いている戯言の一つだってお前にはできやしないのに、何その気になってるんだ?ご立派なことができるなら、お前の新しい先輩はチューインガムにならずに済んでたはずさ。良かったなァ、頑丈でさ。お前がどれだけ能無しのクズでも死なずに済むかもなァ。』

「黙れ…」

『おいおい、俺はホントのことを言ってんだぜ?お前がパパやママに言えなかった()()()()のことさ。新しいお友達にも早く言いなよ、「ママ!私魔法少女なんだよ!それもとびっきりの無能なの!」ってな。へへ。どうした?クソ怪物をぶっ殺すんじゃないのか?それとも何か?トラウマでも思い出しちゃった?なァ』

「わたしは…」

「風見ィ!」

諸星さんの怒鳴り声が聞こえる。何かが壊れる音もする。私のせいでまた諸星さんが死にそうなのかもしれない。でももう何も見えない。目に水が溜まって何も見えない。喉が痙攣して声が出ない。私は役立たずだ。

『そうだ。お前はクソの役にも立たない能無しのクズだ。みんなが迷惑してんだよ。』

「も、諸星さん…わたしお役に立てません…」

立てない。脚に力が入らない。諸星さんが倒れたら次は私かもしれない。怖い。死にたくない。

『おいおい、この期に及んで自分の心配しちまうのか?いよいよ筋金入りだな。』

本当に私は筋金入りのクズだ。そのせいでみんな居なくなる。私は──


 不意に、周囲の音が消え、強烈な閃光が涙の中で煌めいた。何が起きたかわからない。次に聞こえた音は誰かの足音だった。革靴の音、今日一日ずっと一緒に歩いていた音。涙を拭うと、そこには今日できたばかりの先輩が立っていた。ボロボロだった。

「諸星さん、私、」

「風見!初日で役に立つ人間がいてたまるか!仕事舐めんな新人!」

諸星さん私を一喝し、左手で頭を軽く搔きながら続けた。

「君はもう魔法少女じゃない。国家公務員だ。魔法少女の役に立つ立たないなど関係ない。トラウマを克服する必要もない。君が今すべき仕事は何だかわかるか?」

「私が今すべき仕事…」

恥ずかしながら見当もつかない。

「まずは仕事を覚えること、それが今すべき全てだ。差し当たってはこういう事態になった場合の事後処理を覚えてもらう。」

諸星さんは私の目を見て優しくそう言った。

「諸星さん…」

初日から怒られてしまった。諸星さんが言うように、私はもう魔法少女ではないのかもしれない。しかし、たとえそうだったとしても、私がやってしまったことは。

でも今は、諸星さんの言う通り、仕事を覚えようと思う。それ以外にできることなど私にはない。


「お兄さんたちがあく魔倒しちゃったの?せっかく急いできたのに!」


不意に、頭上で声がした。

見上げると、空中に腰かけている少女の姿がそこにはあった。花のようなドレスは白を基調としていて、腰と頭の大きなリボンは鮮やかな黄色だった。キラキラ輝くティアラには八個の石飾りが輝いていた。スカートのすそから足元にかけて大きく垂れ下がり連なるフリルは、クモの巣を連想させた。

「魔法少女…」

諸星さんが呟く。それを耳にした少女は満足げな顔をし、飛び降りるような動きをして我々の前に立った。優雅で、重力を舞台装置にしているかのような、軽やかな動きだった。

「初めまして。私は魔法少女アラナエ!みんなからはアラ姉って呼ばれているよ!この子はクーバー!私の使い魔なの!」

魔法少女。私の家族を奪った魔法少女。()()光景を私に見せた魔法少女。あれ以来、生の魔法少女に接するのは初めてだった。

『お前の家族の仇だなァ?怖いなァ?』

こえが、聞こえる。

「それにしてもお兄さんたち凄いね!大人にもあく魔を退治できる人がいるんだ!びっくりだよね、クーバー!そのステッキは誰かにもらったの?」

魔法少女がなにかを言っている。私のことだろうか?

「これかい?大切な人から預かったんだ。そんなことより、君とクーバー君は知り合って長いのかい?」

諸星さんが何か聞いている。クーバー君って誰だろう。それよりも息苦しい。急に空気が薄くなったみたいだ。

『憎いだろ?怖いだろ?』

わからない。

「クーバーとはずっとお友達なの!魔法少女になる前からね!」

何の話だろう。うまく考えがまとまらない。

「ずっと仲良しなんだね。僕も仲間に入れてくれるかな?」

仲間。仲間、仲間。私は仲間なんかじゃなかった。

『そうだ、お前は玩具だった。お前の家族も玩具にされたんだ。魔法少女に。』

「ごめんなさい!お兄さん、知らない大人だから…うん、そうだねクーバー!私たち、もう行かなくちゃ!」

頭が激しく痛む。膝が震えていることに気が付く。怖い。魔法少女が怖い。目の前にいる可愛らしい少女が怖い。叫んで、逃げ出したい。さっきとはまるで違う。この場から一歩も動けない。

「ちょっと待っ」

目の前がちかちかする。息ができない。

「バイバイ!お兄さんたち!次はもっとそのステッキのこと教えてね!それと…お姉さんの声も聴きたいな!」

魔法少女は去る瞬間、私の目を確かに見た。そこまでは、覚えている。




マジですいません

ホントに遅れました。

遅れた上に分量が膨らんで膨らんで読みづらいかもっすね。


今回は風見ちゃんの過去回想が多めです。魔法少女クラニアム、それが彼女のかつての名だったようです。謎の声も気になりますねぇ。


次回は早ければ2024年中です!

作者名でブルースカイやってるので、もしかしたらそこで進捗報告するかもです!

どっかにリンクも載せときます。

ではでは!ありがとうございました。

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