Trouble is our business 1
特殊事象省 魔法等総合対策局 仮称「魔法少女」案件特設本部
設置根拠等(抜粋)
魔法事象関連対策法、仮称「魔法少女」特別措置法(平成~~年法律第一号)
(設置)
仮称「魔法少女」特別措置法 第三条 仮称「魔法少女」に対する調査及び魔法少女関連災害への対応、対策、防止を迅速かつ重点的に遂行するため、魔法等総合対策局に、仮称「魔法少女」案件特設本部
(以下「本部」という。)を置く。
1
そこは、本部と呼ぶにはあまりにも殺風景な場所だった。無機質なビルの中の無機質な会議室で、開放感のない広さを強調するように、いくつかのデスクが列になった島が僅か四列。シャトルラン程度ならできるのではという広さがあるのに、デスクの列は今しがた開けたドアの前に並んでいた。人は誰もいない。空調の音が響くばかりだった。
「ここが我々のオフィスだよ。今日から君の職場でもあります!」
文字通り響き渡る声でここまで案内して来た女性が言う。そして実に朗らかに続ける。
「ようこそ!仮称魔法少女案件特設本部へ!」
特殊事象省、通称特事省に入庁したのは、今年の四月だ。何の感動もなく大学を卒業し、なんの苦労もなく国家公務員の職にありついた私は、腑抜けた気分のまま意識が高いか単にオカルトオタクかといった同期の面々と共にひと月ばかりの研修を受けた。
平成に入り、新世紀を迎える直前、あわてんぼうなノストラダムスの大予言は、この世界にメルヘンチックな変化をもたらした。現実の滅亡と呼んでも差し支えないその変化は、我々の社会を巻き込まずにはいられなかった。それでも社会は、平静を装わなければならない。そんなわけで設置された特事省は、フルネームが呼びづらいという欠点を抱えながらも今日まで我々の社会の存続に貢献し続けている。
そして明日の社会の存続のためにしっかり書類の書き方と口の利き方を教えてもらい、研修を終えると同時に魔法等総合対策局、仮称魔法少女案件特設本部への配属が決まった。恐らく研修を終える前、または入庁する前から確定していただろうその辞令を受け取ったとき、どんな心境だったかはもう思い出せない。やがて初登庁の日となり、恥だけはかかないようにと決心して出勤した私を待ち構えていたのが先程の朗らかな女性、上司の一文字春歌だった。
「おはよう!新人ちゃん!私は一文字春歌、仮称魔法少女案件特設本部一課課長、君の上司です!よろしくね!」
「本日より配属してきました、風見恋華です!よろしくお願いします!」
先ほど一文字課長にも行った型通りの挨拶を済ませ、早速今日から一緒に動いて貰うと紹介された男性の反応を伺う。
「君と組むことになっている、諸星だ。よろしく頼む。」
諸星とだけ名乗ったその男は、私が本部のオフィスに入室した後最初に現れた人物だった。課長に朗らかに紹介された私を少し眺めている男性に対し、義務感に駆られた私が先手を打って挨拶した結果が先ほどの会話である。無愛想と呼んで差支えのない機械的な反応と、特にケチの付け所のない着こなしのスーツ姿、少しくまの浮いた目元、全てが私に憂鬱に似たそれを提供した。
「早々で申し訳ないけど!早速今日から!この諸星くんについて回ってね!頑張れ!それじゃ!」
対照的な朗らかさで高らかと言い放ち、一文字課長は軽やかにオフィスを去っていく。諸星さんは口を開かない。無機質なこの部屋にふさわしい沈黙が、私の仕事の開始を告げた。
2
彼女に会うのは初めてでは無かった。もう6年近く前のことになる。魔法少女関連のよくある、そしてとりわけ凄惨な事件の中心人物として、我々の仕事と鉢合わせた。年相応に怯え、悲しみ、震えているその姿は大人になり、新しい環境におどおどと接している今現在でも面影をのぞかせていた。幸いなのは、彼女がその時に接した大人の中に私がいた事をまるで覚えていないことだ。感動の再会になどなりようがなく、やりづらさが立ち込めるのが目に見えている。
課長に軽く紹介され、お互いの自己紹介を済ませた我々は、早速仕事に取り掛かった。仕事とは、調査であり、聞き込みであり、つまるところアナログな方法を実行するために街を彷徨うというものだ。魔法少女について大の大人が昼間から聞いて回るのはさぞ滑稽だろうが、この世の中に滑稽でないことなどあったためしがないと私は思う。
「我々の仕事は基本的に大抵こういった内容だ。魔法少女について聞き込み、調べ、推測する。可能なら、接触してコミュニケーションを取り、協力関係を築く。」
「協力関係、ですか…」
彼女が反復し、言葉の意味を理解するのを確認しながら、次に浮かんでくるであろう疑問を先回りで回答する。
「もし協力関係が得られない場合は、できるだけ機嫌を損ねないようにする。嫌われないようにすると言い換えてもいい。カエルに変えられるのはごめんだし、それで労災は降りないからな。」
「え、労災降りないんですか?」
私は冗談には向かないらしい。
「それともう一つ、魔法少女の敵についても調べる。」
魔法少女の敵。世界に混入したオカルトのうち、魔法少女に関連が深いもの。神出鬼没のそれは、全ての魔法少女が共通認識として敵としている。実際、人類にとっても害でしかなく、人を食らうもの、惑わせるもの、寄生するもの、様々な特徴が全て人類への悪意に満ちている。
「あく魔、ですか。」
あく魔、魔法少女はみなそれをそう呼び、それを狩ることこそ魔法少女が人類の味方たる最大の根拠なのだ。得体の知れないものに得体の知れない脅威から守ってもらっている、それが人類の実情であり、我々の仕事が存在する理由だ。
「それ以外にも、魔法少女に関係のありそうな事案は我々の調査対象だ。魔法少女に関係がなかった場合、他機関に引き継ぐことになっている。雪女を伝承存在保護研究局に引き渡したり、思ったより愉快だから楽しみにするといい。」
「雪女ってホントにいるんですか」
「ああ、東北なまりだった。」
からかわれているのではないかという疑いの表情が浮ぶ後輩をスルーし、次の情報提供者の住所を確認する。そう遠くはない。目的地同士が徒歩で行ける距離にあるというのは非常にありがたい話だ。
「それにしても、この辺での目撃情報、多いですね。どれもあく魔と戦っていたって話ばかりでした。」
「しかも魔法少女もどうやら同一個体のようだ。通称”アラ姉”。目撃情報自体は四年ほど前からある個体だ。中堅の部類だな。」
四年という数字。魔法少女は入れ替わりが激しく、その中で四年間の継続した活動というのはある程度長い部類に入る。愛らしい少女たちは揺らぎやすく、また飽きやすい。ただそれだけのことだが、そんな些細な条理でも我々は拾わなければならない。選り好みをしている余裕など、無いのだ。我々の仕事は決して調べ学習に留まりはしないのだから。
「そう、まだ説明していない業務がいくつかある。まず一つが──」
後方で閃光。遅れて振動。脳が音を認識するまで数瞬。耳をつんざく不快な雄叫びに身体を捩ると、住宅街の屋根の上に、理不尽がいた。大型のトラックほどはあるだろう巨躯、白くぶよぶよな皮膚、目のない顔にある歯茎がむき出しの口からは子供の笑い声のような音が発せられている。芋虫のような体に腕のような脚が左右に三対、合計六本。
「あく魔…!」
後輩が理不尽の名を呼ぶ。周囲に居た数少ない通行人たちは腰を抜かし、パニックと恐怖は同時にやってくることを思い知らされている。しかし、後輩は、今日来たばかりの後輩の顔には、恐怖ではなく怒りに似た表情が浮かんでいた。皆こうなのだ。魔法少女とは、みなこうなのだ。かつて魔法少女であり、魔法少女に幸せを奪われ、魔法少女を名乗らない彼女ですら、こうなのだ。
「まず一つが、あく魔の駆除だ。被害をできるだけ抑えるため、魔法少女の出現を待たず我々で駆除する。」
「駆除って…一体どうやってですか!」
一番よく知っているだろうという返答は、残念ながら適切ではない。だから、一から説明するのだ。
「マジカルステッキ。これの力を借りる。」
懐から取り出した玩具、これが我々が魔法少女の真似事を果たすための切り札である。デザインや大小の差異はあるが、魔法少女が皆所持しているオブジェクト”マジカルステッキ”。これそのものが超常的な現象の触媒となり、文字通りマジカルな状況を生み出す。私のそれは、注射器を模し、シリンジの指かけの部分は天使の羽に、押し子の頭は十字架になっている。ファンシーな見た目に見合わない鋭い針のアンバランスさが私のお気に入りだ。
「本人の使う魔法に比べれば遥かに威力は劣るが、それでも切り札たりえる。そしてもちろん、君の分もある。」
取り出されたもう一本のステッキを見て、彼女、風見恋華は初めて恐怖の表情を浮かべた。
「私のステッキ…」
ご存知の通り、風見恋華は魔法少女であった。
初めて小説を書きます。
正確には初めてではないのかもしれません。
でもとりあえず、初めての気持ちで頑張ります。
ハードボイルド小説書きたいな~とか思ってたんですけれど、これ多分そうはならないですよね。
そうはならなくても、楽しんでもらえたら本意です。
それでは、次回もお会いできるのを楽しみにしております。
次の更新:12/10までには出します
すいませんすいません……