1話
僕はハルマベイルを後にし、4日かけて馬車でヴァルシア王国へと向かった。長い旅路の果てに見えたその城は、空を突き刺すように壮大で、王国の栄華を象徴していた。
馬車から降りると、御者が笑みを浮かべながら声をかけてくれる。
「この4日間、本当にありがとうございました。」
「頑張れよ。期待してるからな。」
彼の励ましに力強く頷き、馬車が遠ざかるのを見送った。深呼吸をして振り返ると、城下町の喧騒が耳を打つ。
市場の通りには、色とりどりの屋台が並び、人々の声が溢れている。食材、手工芸品、香辛料…全てが新鮮で輝いて見えた。
「やっぱり、すごい…!」
でも、僕の目的地はここではない。胸の高鳴りを抑えながら進むと、学院の壮麗な門が見えてきた。
セイクリッド学院。門の向こうには広大な庭園が広がり、遠くに学院本館の威風堂々たる姿が見える。
招待状を門衛に差し出すと、何も言わずに通してくれた。庭園を進む途中、僕は自分に言い聞かせるように呟く。
「ここで全てが始まるんだ。お母さんが誇れる息子にならないと。」
その時、急に誰かが僕の肩を思い切り押した。
「おい、どこ見て歩いてんだよ!」
振り返ると、金髪で鋭い目つきの少年が僕を睨みつけていた。その後ろには、二人の取り巻きが不敵な笑みを浮かべて立っている。
「すみません、僕が注意不足で…。」
「注意不足?自由民の癖に俺様に触れたんだぞ?」
「自由民…?」
その言葉を聞いた瞬間、周囲にいた生徒たちが僕たちのやり取りを遠巻きに見ながら笑い始めた。
「おい、こいつの名前を聞いてやれよ。」
「お前、名前はなんだ?」
「セオン・クレストです。」
「出身は?」
「ハルマベイルという小さな村です。」
「ハルマベイル?あんな田舎、どこの国の領地でもない自由民のゴミ村じゃないか。」
彼らの嘲笑が耳に刺さる。僕は言葉を返せず、ただ俯くことしかできなかった。
「こんな汚らしい奴がセイクリッド学院に入れるなんて、何かの間違いだろ。」
「……。」
「まあいいさ。とりあえず土下座でもして俺様に謝れ。」
「土下座…?ただ肩がぶつかっただけで…?」
「文句言うのか、自由民?」
一歩近づかれるたびに胸が苦しくなる。彼らの視線が鋭く、全身に冷たい汗が流れた。
「さっさとやれ。言うことを聞けば、今日のところは許してやる。」
仕方なく僕は膝を折り、頭を下げた。周囲の生徒たちが笑い声を上げる。
「おい、あいつ本当にやりやがった!」
「自由民のくせに頭を下げるのだけは早いな!」
屈辱に震えながら、僕は地面を見つめ続けた。すると突然、激しい頭痛に襲われた。
「っ……!」
頭の奥で何かが弾けるような感覚。そして、遠い記憶が一瞬だけフラッシュバックする。
『セオン……お前には力がある……』
記憶の断片が僕を混乱させる。
「おい、なんだこいつ。気持ち悪いな。」
「時間だ、行くぞお前ら。」
マルコたちは面倒くさそうに僕を一瞥し、笑いながら去っていった。
ようやく立ち上がると、一人の教師が僕に駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
彼は見た目は優しそうだったが、どこか怯えた表情をしている。
「すみません、何も問題ありません…。」
「いや、すまなかった。あいつはグリムウェル家の息子で、ここでも特権階級だ。下手に逆らえば私の職が危うい。」
その言葉に僕は言葉を失った。大人ですら、あのマルコには逆らえないのか。
「気にしないでください。僕にも悪いところがありました。」
「そうか…。ところで、君の名前は?」
「セオン・クレストです。」
彼の目が驚きに見開かれる。
「君があのセオン・クレストか!入試で筆記満点、魔力量学年1位の天才少年!」
「そんな…。」
「知らなかったのか?合否通知に詳細が書いてあっただろう?」
「嬉しくてちゃんと見ていませんでした。」
僕は魔法が全く使えない。実技試験では0点だったのに…。
「君は魔法の本質を理解すれば、必ず使えるようになる。いや、むしろスキルを発現する可能性もある。」
「スキル…。」
スキルは、魔法とは異なる特別な力で、生まれ持つ者か、特定の出来事をきっかけに目覚める者がいるという。
「伝説の勇者も、仲間を失った瞬間に『無限剣技』というスキルを発現させた。君にも、何かがきっかけで新たな力が目覚めるかもしれない。」
スキル。そんなものが僕にあるとは到底思えなかったが、教師の励ましに少しだけ希望が湧いた。
「これが君の制服と必要な荷物だ。それとこれが寮の鍵だよ。更衣室で着替えてから入学式会場に向かうんだ。」
「ありがとうございます。」
教師に礼を言い、僕は制服に着替えた。
「スキル…か。」
僕にはまだ見ぬ力があるのだろうか。その問いは胸の中にくすぶり続けるが、答えはきっとここで見つかる。そう信じて、僕は入学式の会場へ向かった。
セオンは寮生活、ほとんどの人は家から通学する。




