因縁の復讐相手
なぜ、再生しないのだ……!」
魔族は腕が再生しないことに苛立ちと恐怖が交錯する表情を浮かべていた。
セオンも不思議に思っていた。上位魔族の回復魔法なら、腕なんてすぐに再生できるはずだと本で読んだことがあったからだ。
(なら、悪魔の炎に何か隠された能力が……燃やし尽くす……まさか……)
自分の考えが正しいかどうかわからない。ただ、考えられるのは、もう…
「教えてやるよ」
「なんだ…?」魔族は訝しげに眉をひそめた。
「お前が喰らった炎は、ただの炎じゃない。お前の左腕そのものを燃やし尽くしたんだ。」
「なに……!?」
魔族の顔に驚愕が浮かんだ。
「悪魔の炎は、ただ燃やすだけじゃない。お前の左腕という存在を、この世界から抹消したんだ。」
「そんな魔法が……」
魔族の目は広がり、理解しがたい現実に直面していた。炎は物理的な傷だけでなく、存在そのものを抹消する力を持っていたのだ。
「お前の腕はもうどこにも存在しない。回復魔法で再生することは不可能だ…」
魔族の表情は一瞬で絶望に変わり、そして怒りに変わる。
魔族の魔力はさっきよりもさらにどす黒く、不気味な魔力が溢れ出してきた。
「ふざけるな……上位魔族の私が……これから片腕で生きていけと? 舐めてるのか…!? もうすぐ次期魔王決定戦が開かれるというのに……こんな姿で行けば、立派な恥さらしだ……」
「許さない……“許さないぞ”!!!!」
魔力が溢れて爆発し、一帯に衝撃が走った。地面は亀裂し、木々は音を立てて崩れ落ちていく。
「まだ、これだけの力を……」
(上位魔族がこれで終わるわけがないか……)
魔族が操る蔓は狂ったように暴れ、周囲を無差別に攻撃していく。
「『水の盾!』」
俺は再び水の盾を展開し、狂乱する蔓の攻撃を防いだ。しかし、その猛攻は止まることを知らない。
「いいだろう、魔王決定戦まで魔力を温存しておこうと思っていたが、ここまで私を怒らせたのだ。敬意を表し、私も全力で戦うとしよう。」
魔族は不気味な笑みを浮かべ、全身から今までとは比べものにならないほどの魔力を集め始めた。
「なんだ、この魔力……!?」
「見せてやろう、私の真の姿を……」
突然、魔族の体が眩い光を放ち、辺り一面が白く染まった。目が慣れた頃、ゆっくりと魔族の方を見ると、そこにはさっきとは全く別人のような姿があった。体格はスリムになり、髪は長く伸び、角はさらに大きく鋭くなっている。全身は黒い魔力で覆われ、その姿はまさに闇の化身と呼ぶにふさわしい。
「さっきとはまるで違う……」
俺はその圧倒的な存在感に一瞬怯んだが、すぐに気を引き締めた。
『フン、1分だな……』
「なにがだ……」
『魔王決定戦が待ち構えているのだ、あまり力は使いたくない、1分で終わらす……』
「舐めるな、悪魔の───……」
悪魔の炎を使おうとした瞬間、魔族の蔓が閃きセオンが気づく間もなく、左腕が瞬く間に斬り飛ばされた。
「あ、ぁ…ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛!!」
今まで感じたことのない激痛に声が響き渡り、辺り一面に反響する。
激しい痛みがセオンを襲い、思わず悲鳴が漏れた。血が噴き出し、視界がぼやける。
「フン、これで私と同じく片腕の仲間入りだな……」
セオンはすぐに「癒し」を唱えようとしたが、魔族はその隙を見逃さず、再び蔓を繰り出してきた。
「くそ……『水の盾』!」
必死に痛みに耐えながら、巨大な水の盾を再び展開し、迫りくる蔓の攻撃を受け止めた。しかし、出血は止まらず、意識が薄れていくのを感じる。
(早く……ヒールを……しないと……)
「どうした!?後ろがガラ空きだぞ…!!」
セオンの背後には地面から魔族の操る蔓が迫ってきていた。
(まずい…! すでにスキルで水の盾を使ってしまって、自分の魔法しか使えない。俺の魔法で今のあの強化された蔓を防ぐことはおそらくできないだろう……)
「火炎の球!!」
蔓に直撃したが、予想通り、蔓には傷一つ付かず、セオンに向かって一直線に突き進んできた。
そして、蔓はセオンの腹を貫いた。
「グハッァ……───────────」
セオンの口からは大量の血が吐き出され、貫かれた箇所からは血が滴り落ちた。水の盾も消え、セオンは蔓に貫かれたまま倒れ込んだ。
魔族はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「まだ殺さない。貴様の魔力をすべて吸い取った後に殺してやる。」
「『冥府の蔓』」
さっきまでとは異なる、不気味な光を放つ複数の蔓が出現し、セオンの胴体や四肢を絡めて拘束していく。
「この蔓は、拘束した相手の魔力を吸い取り、私の魔力に変える。そして、この蔓に縛られた者は魔法を使えない。つまり、抜け出すことは不可能だ。」
魔族は冷笑を浮かべながら続けた。
「この魔法を知った他の魔族達からは卑怯だの、汚いだのと言われるが、知ったことではない。まあ、真の姿じゃないと使えないのが難点だがな……」
蔓からはセオンの魔力が吸い上げられ、魔族に行き渡る。
「まだこんなにも魔力が残っていたとはな。回復魔法に防御魔法、そして存在をも燃やし尽くす炎魔法……。とんでもない人間だな。未熟なうちに出会えてよかった。もう少し後に遭遇していたら、結果は変わっていたかもしれないな。」
魔族は皮肉な笑みを浮かべながら、蔓の縛りを強めた。
「ウ、ァァァ゛……」
セオンは苦しみながらも、なおも意識を保っていた。
まだ、意識があるのか。さすがだな……もう、そろそろ吸収し終わりそうだ……」
「久しぶりに良い戦いだった。私から片腕を奪ったのだ、誇っていいぞ。最近の人間相手はどれもつまらなくて、暇つぶしにもならない。唯一、面白かったのはこの国の聖騎士だけだ……」
魔族は目を細め、楽しげに続けた。
「聖騎士10人を相手にしたが、護衛を守るために向かってきた9人はすぐに死んだ。だが、残った1人……あいつだけは違った。鬼のような顔で蔓に刺されながらも、何度も私を殴ってきた……。あの執念、見事だった。まあ、最終的にはバラバラにしてやったがな……」
セオンの意識が朦朧とする中、心に一つの確信が浮かんだ。
(聖騎士10人を相手にして、バラバラにして殺した……?こいつが……)
戦意を失っていたセオンに、怒りと憎しみ、復讐心が燃え上がる。
「ォマ゛エ゛だった……のか……」
「ほう、まだ喋れるのか。何だ?よく聞こえなかったぞ。」
「おまえ……だった…のか……」
「何のことだ?」
吸収がほぼ完了しようとしていたのに、セオンの魔力が再び膨れ上がり、吸収量が増える。
(なんだ?さっきまではもうほとんど魔力は尽きていたはずだ……)
「お゛ま゛え゛が……『お父さん』を……」
(こいつだったんだ、こいつが俺の唯一の父親を殺したんだ……生きていれば、俺の求める幸せにもっと早く近づけたはずだ。お母さんを悲しませ、笑顔を奪ったお前を絶対に……)
「許さない………”!」
突如として、セオンから悪魔の炎が一気に噴き出し、全ての蔓を焼き尽くした。
「なにっ……!?魔法は使えないはずだ……!」
魔族の目に、一瞬の恐怖が浮かんだ。その視線の先には、紫黒の炎を纏ったセオンが立っていた。セオンの表情は殺意に満ち、ただ魔族だけを見据えていた。
「その表情……」
魔族はあの一人の聖騎士を思い出した。セオンの表情と似ていて、同じような鬼のような表情で、面影があったからだ。
(まさか……あいつの……)
魔族は信じられないような表情を浮かべ、思わず後ずさった。セオンの纏った紫黒の炎は、悪魔の炎であり復讐の炎でもあった。怒りと憎しみ、そして家族への愛が、セオンを異常な力で満たしていた。
「貴様、いったいどこからそんな力が……!!」
セオンの瞳は復讐心に燃え上がり、鬼のような気迫を放っていた。
「お前を……"殺す"…!」
その言葉に魔族は一瞬、背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「ふん……1分で終わらせるつもりだったが、いいだろう。無意味な延長戦に付き合ってやる!」
魔族は冷笑を浮かべたが、その声には微かな震えが含まれていた。
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