狂気ー対峙ー
【間違いない、魔族だ……】
それもおそらく、上位クラスの……
こいつが来た理由は俺の倒していた魔物がこの魔族が飼い慣らしていたものだったからか……
クソッ、体が恐怖で固まって動かない……
「フハハッ、何を怯えているんだ?あれほど私のペットたちを蹂躙しておいて、今更死ぬのが怖いのか?」
「やはり、人間というのは自分勝手だ……」
魔族は呆れた表情で俺に言い放った。
だが、俺の耳にその言葉は一切入ってこない。
ただ、生き残るための策を必死に考えていた。
どうすればいい。逃げるか……いや、魔族のスピードは桁違いで、すぐに追いつかれて殺される。
近くの冒険者に助けを求めるか……これもダメだ、被害が広がるだけ……
なら……
戦うしか、選択肢はない……
俺は少しの緊張を混じえながら、魔族と目を合わせた。
「なんだ、その目つきは……気色悪い。」
「いや、俺から見ればお前の方がよっぽど気色悪いよ。」
「ほう、言うじゃないか。どうやらよほど早く死にたいみたいだな。」
「いや、死ぬつもりはない。ただ、選抜戦の練習相手になってもらうだけだ……。」
(そう、これは良い機会だ。相手にとって、不足なし……)
俺は覚悟を決め、全力で魔族に立ち向かうことを決意する。
自分自身の力だけで……スキルは使わずに……
「何を言っているのか理解できないが……まあいい。始めよう……」
俺の心臓は激しく鼓動する。汗が額から一筋流れ落ちるのを感じながら、全身が緊張で強張る。
(やるしかない……!)
『…、、そっちから来ないのなら……』
沈黙の時間の中、魔族が微笑を浮かべて一歩踏み出した。その一歩だけで、どす黒い魔力が溢れ出し、威圧感が一気に迫ってきた。
周囲の空気が一変し、まるで空間そのものが魔族の支配下に置かれたかのようだ。
「出てくるがよい……」
――――――――
「『破滅の蔓』」
――――――――
魔族がその魔法を唱えた瞬間、地面が不気味に揺れ始めた。先端が鋭く尖った大きな蔓が2本、地面から飛び出してきた。蔓は黒く、禍々しいオーラを放っている。
その蔓は魔族の立っている周辺をグニャグニャと動き回り、まるで巨大な触手のように生きているかのようだ。蔓が蠢く度に地面が軋む音が響き渡り、圧倒的な存在感を放っている。
「では見せてもらおう、貴様のその自信の源を……」
(来る……!)
蔓はまるで生き物のように、俺に向かって高速で襲いかかってきた。まともに喰らえば、ただでは済まない。しかし、ここで避けるわけにはいかない。俺は自分の力で、この上位魔族を倒さなければならない。
「『炎の球』!」
即座に火球を生み出し、放った。炎が蔓に触れると、轟音と共に爆発し、蔓は燃え上がった。しかし、魔族の笑みは微動だにしない。
「ほう、なかなかの威力だな。だが、蔓はこれだけだと思ったか……?」
なんだと?
俺の背後にはもう2本、同じ蔓が今にも刺さりそうな距離まで迫っていた。
(間に合え……!!)
「『風斬』!」
唯一使える風魔法を使って、蔓を切り裂いた。鋭い風の刃が蔓を一瞬で断ち切り、背後の脅威を退けた。
息を整える暇もなく、次の魔法を準備する。魔族の冷たい眼差しが心に重くのしかかる。
『さあ、来い……』
魔族は1歩も動かず、ただ俺の攻撃を待っているようだった。その姿は圧倒的な自信に満ちている。
「『炎の嵐』!」
魔族は炎の嵐に包まれた。激しい炎が周囲を巻き込み、轟音と共に舞い上がる。熱風が肌を刺し、視界は赤く染まる。
(これで決める……!)
さらに魔力を注ぎ込み、炎の嵐の強度を増すために炎の大きさを縮めた。嵐の中心に向かって炎が収束し、周囲の温度がさらに上昇する。
「"焼き焦げろぉ"……!!!」
炎の嵐は激しく燃え、爆音が響き渡った。
しばらくして炎は消え、静寂が訪れる。
激しい攻撃の後の静けさが、かえって不安を募らせる。
煙が立ち込める中、俺の視線の先には魔族の影が立ち尽くしている。ぼんやりと浮かび上がるその影は、まるで悪夢のように現実感を欠いている。
(立っている…?確かに、殺ったはずだ、感触もあった……立ったまま、死んだのか?)
煙が徐々に引いていく。焦る心を押さえつけ、視界がクリアになるのを待つ。だが、次第に浮かび上がってくるのは────
――
無傷の魔族が呆れ顔で立っていた。
その姿はまるで何事もなかったかのように平然としている。服には一切の焦げ跡もなく、ただ悠然とこちらを見つめている。
「なんだと……!?」
衝撃と絶望が胸に押し寄せる。全力の攻撃がまるで通用しなかったという現実が、心を凍りつかせる。
「はあー、貴様、今のが本気か?」
魔族は不信を混じえながら言い、服をはたきながら冷淡に言い放った。その言葉は刃のように鋭く、俺のプライドを深く切り裂く。
「一応、本気で挑んだつもりだが……」
自分の声がかすかに震えているのを感じる。全力を出し切ったはずなのに、この圧倒的な力の差を前に怯えてしまう。
「ふん、あの程度の魔法であの威力とはな。少しは見所があるかと思ったが、どうやら期待外れだったようだな。」
魔族の声は冷酷で、俺の心に突き刺さる。その一言一言が、まるで全身を切り裂くように痛む。
「貴様はただ魔力を込めただけで、力の本質は何も変わっていない。つまらん、つまらなすぎる。」
魔族の表情は飽き飽きした様子だった。その目には、俺の全力が単なる子供の遊びに見えているかのような冷徹な眼差しが宿っている。
「正直、ガッカリだ……」
その一言が胸に重くのしかかる。全力で挑んだはずなのに、圧倒的な力の差を痛感させられる。心臓の鼓動が早まり、抑え込んでいた恐怖と手の震えが再び襲ってくる。
(こんなところで終われない……!)
必死に自分を奮い立たせ、次の一手を考えようとする。しかし、圧倒的な絶望感が心を覆い尽くし、頭が真っ白になるのを感じる。恐怖と無力感が全身を支配し、逃げ出したい衝動に駆られる。
(ダメだ、まだだ……まだ、やれるだろ……)
心の中で叫びながら、震える手を握りしめ、魔族の冷酷な眼差しに立ち向かおうとした瞬間――
―《グザッッ…!!》―
気づいた瞬間、黒い蔓が俺の肩を貫通していた。信じられない痛みが全身を駆け巡り、体が激しく震える。「グッ…!!?」声が漏れる。
魔族の冷酷な声が囁いた。
「私のことを気色悪いと言ったな…?」
魔族は冷酷な笑みを浮かべ、その目には狂気が宿っている。
「その礼だ、急所を外して1本ずつじわじわと苦しめてから殺してやる……」
その狂気じみた言葉に、俺はかつてマルコにいじめられていた日々を思い出す。あの時の絶望感と痛みが、今ここに蘇る。心臓が早鐘のように打ち、逃げ出したくなる。
「次は右肩だ…!」冷酷な声が響く。
―《グサッ”!!》―再び蔓が貫通する。
痛みが走り、息が詰まるが、どこか懐かしい感覚もある。「どうだ痛いか?苦しいか…!?」
俺は答えない。
次の蔓が太腿に突き刺さる。
―《グザッ…!!》―痛みが鋭く走る。
そうだ、あの日も俺は痛みを我慢していたな。
そして、殺される寸前に前世の記憶を思い出して誓ったんだ。村やお母さんを脅かす存在を消し去るって……。
ハハッ、ここ最近忙しくて、つい忘れかけていたよ。あの日のことを……。
この世界は弱者を踏みにじり、生存競争が日常なのに、自分の力だけで勝つだなんて……上位魔族相手に、なんてバカなことを考えていたんだろう、俺は。
(【スキル】だって周りにバレちゃダメなだけで、俺の力だ……)
魔物や魔族相手に出し惜しみなんてしている場合じゃない。
それに、俺はもう、マルコたちを殺したあの瞬間から普通の人間じゃなくなったんだ────
『そろそろ、腹にいくとしよう……きっと、あの世には殺された私のペットたちが歓迎しているぞ……』
魔族の狂気じみた声が響き渡り、その笑みは怯えを誘う。胸の奥に冷たい恐怖が広がるのを感じる。
恐怖が消えるわけがない。でも、深く考えるのはやめよう。
まずは、その不気味で狂気じみた笑みを、今から絶望の顔に変えてやる。
俺にしたようにな……
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