悪魔の国への旅路
むかし、むかし、あるところに悪魔が支配する国がありました。
国民たちの魂を縛って燃やして、灯にしていました。
毎日たくさんの悲しむ声が響くので 神様が魂を解き放ちました
悪魔の国は真っ暗に。
悪魔は深い深い闇の底。
今では誰も知らない闇の底。
「そんな伝説の国に挑むとかローマ~ン~」
荷物持ちに雇ったラティーネはエレノアとは対照的に賑やかな人だった。もしかするとあまり表情を動かさない、笑顔もろくにみせられないエレノアを慮ってあえて明るく振舞っているのかもしれないが、紅梅のようなクセのあるショートカットの髪もそんな性格を表している気がするので、それが彼女の地であるかもしれなかった。山のような荷物を背負いながら洞窟を進むというのに、小躍りするかのような足取りはそんな性格よりも、非凡な身体能力を感じさせた。人間としては普通の体格であるがドワーフの血でも混ざっているのかもしれない。
「それにしてもエレノア。こんな場所よく知ってたね。ボクも冒険者として有名な遺跡とか古代帝国とか詳しい方だけど、こんなところにおとぎ話にも出てきた伝説の国が眠っているだなんて初めて知った! あれだよね、魂と引き換えに何でも一つ願いを叶えてやろうっていう悪魔がいるんだよね」
そこまで言ってラティーネは雇い主にちょっと馴れ馴れしかったかと言いなおそうとしていたので、エレノアは必要ないと言わんばかりに話題をつなげた。
「そうですね。ラティーネさまもやはり……なにかお願いをかなえる為、でしょうか?」
ここまでの道のりはお世辞にも快適なものではなかった。都市からもう一年も離れ、人影が途絶えて数か月にもなる。モンスターの徘徊する地域を抜け、それすらも住まわぬ荒野の先。常人では到底精神が先に擦り切れてしまうだろうに。だが、ラティーネは今日もこのように快活であったのだから、そこにはきっと自分の同じような相当な想いがあるのではないかと。エレノアはそう思わざるを得ないのだ。
「ラティでいいよ。もう何回も言ってるけど。にしても、お願いかぁ。今は色々あり過ぎて決められないなぁ。もしその機会ができるまでに考えておかないとね。とはいえ冒険に必要な物は全部お任せあれ。ってのが、手伝い役、シェルパの役割だから、自分の事じゃないのは間違いないかな」
本当に何も決めていないのか、それとも誰にも開陳したくないのか。それはわからない。
自分だって彼女に話していないことがあるのだから、彼女の真意が聞けなくたってそれは仕方ないのかもしれない。しかしまだ成人しているかも怪しいような年齢の女がこんな地の果てまで旅をしたいということに疑問を呈することもなく、シェルパの任務も誠実にこなしてくれる。それはエレノアが望んだ人選ではあるのだが、申し訳なさが立たないといえば嘘にはなった。
「とりあえずエレノアはやりたい事だけに集中しちゃって。ボクより小さな身体でここまで頑張って来た分、負担もあるだろうし。もう一息というところで疲れ切って動けないなんてもったいないからね! モンスターだってボクがなんとかしちゃうからさ」
ラティが小躍りでつくる足音とは異なる地鳴りが響いた。空中に漂っていた魔力が流れを作ると同時に、風が動き、洞窟の道となしていた岩が震え始め、重力に逆らって舞い上がる。
「敵、かな」
「国への侵入者を阻む防衛機構です。ゴーレムとの戦闘経験はありますか?」
「悪魔の彫像はあるけど、ゴーレムは初めてっ」
舞いあがったいくつもの岩が組み合わされば、それはもう二人より数倍背の高い巨人のようになった。自分たちがよいしょよいしょとよじ登っていたものが腕やら胸板となったのだ、その威圧は恐ろしいものであったし、それが振り下ろされれば、エレノアもラティーネも一撃で押しつぶされてしまうのは間違いなかった。
冒険に関することなら何でもござれ、と豪語するシェルパでもさすがに危険だ。エレノアはすぐさま杖を構え、ラティの前に立った。自分の旅で誰かを死なすわけにはいかないのだ。
「私が魔力解除を試みます」
「ゴーレムってEMETHって書かれた石があるんだっけ。そのEを消せば死ぬって本当?」
エレノアの後ろからラティーネは既に荷物を下ろし、ピック(小型のツルハシ)一本を手に軽く準備運動をしていた。
それはゴーレムにかかる伝説の一つだ。ゴーレムは核にEMETH(真理)と刻むことで動き出し、壊す時にはEをとりMETH(死)とすればよいというものだ。伝承知識にそこそこ詳しくなければ持ち合わせない知識であることをさっと思い出せるあたり、ラティが古代知識にも通じてるのは本当の事なのだろう。
「額の位置にあります。狙うのは難しいかと」
手出しは危険ですよという含みもラティーネは聞いていないようで。「なるほど、あれかー」と名所観光しているかのような晴れ晴れとした声を上げた瞬間にはもう動き出していた。
見えなかった。
ラティがピックを振り下ろしてゴーレムの脚を砕いたときにはもう、彼女自身はゴーレムの膝から腰へと飛び移る瞬間だった。
「ら、ラティーネさま」
「ほいよっと」
エレノアが唖然とする間にも、振り落とそうと体を大きくねじるゴーレムの肩口にピックを差し込み、力をいなすと同時に、そのまま揺さぶるゴーレムの力を利用して、駆け上がりの要領で肩の上まで登り切ってしまった。
「いっくねー」
ガンっ。
彼女が伝説通りにEを破壊するまで、ゴーレムが生み出されてわずかに20秒足らずのことだった。もっと早かったかもしれない。
「ラティーネさま、危険です!」
「ラティでいいってば。でもシェルパとしては雇い主さんを守るのも仕事の内だし。それにほら、伝説通りに弱点狙えるチャンスってなかなかないから伝説の人になった気分」
あまりにもあっけらかんとしていて、エレノアはつむぐ言葉を色々と失ってしまった。それから少しふっと息をつくと、いつも通りの理知的で感情の押し込めた顔へと戻った。
「シェルパというのは……皆そういうものなのでしょうか」
「旅や冒険をする雇い主さんに従って、荷物持ちしたり、野営の準備したり、時には戦闘もするのがシェルパだから間違ってはないと思うよ。あ、でもボクはちょっと有能な方かもしれない! これでも10年選手のベテランだもん」
風貌からしてラティーネは恐らく10代のはずだ。その経験ももちろんだろうが、その天賦の才があったから今までシェルパをやってこれたのかもとも思う。
「……何かしらの加護を得ていたりするのでしょうか」
「加護? ないかなぁ。幸運の神様の加護とかしょっちゅうお祈りしてるけどね。あ、このMETHの部分、記念に持ち帰ってもいい?」
ラティーネが特異な力を得ていいないのは知っている。シェルパとして雇う時に確認はしてきた。高位の存在の加護を得て特殊能力を得て戦うものはすべて断ったのだから。
「構いませんが、荷物をこれ以上増やして大丈夫ですか?」
「ポケットに入る分だけ! 金銀財宝ももちろん良いけど、こういう戦いの記念品とかも大切なんだ。街に戻っても旅話のタネになるでしょ」
彼女は冒険を本当に愛しているんだろう。純粋で、まっすぐで、見知らぬ土地に赴き、危険に身を置く行為自体に意味を見出している。
自分とはまるで違う人種で、それは隔絶した何かを感じもし、そして少しばかり羨ましくもあった。
だからこそ、ラティーネが子供のようにポケットに石をつめこむのを無視するかのように、エレノアは少し歩みを進めた。
「あ、ちょっと待って~」
「旅の同行者がラティーネさまで良かったと思います。これから向かう先は……そういう人しか足を踏み入れてはならない場所です」
まもなく迎えた洞窟の行き止まりで銀でできた杖を構えて魔力を紡ぎあげるエレノアはそう言った。
「悪魔の治める国、だっけ」
「はい、ここから先は悪魔の支配地域です。神々や精霊の加護も届かない場所であり、強い欲望があればそそのかされ、清廉潔白な身ではとてもたどりつけない秘境の地に眠る。ほとんどの人はここに足を踏み入れることはできないのです」
魔力が紡ぎあげられると同時に、ラティーネが持つランタンの明かりだけだったこの洞窟が明るくなった。
洞窟全体が、洞窟を構成する岩それぞれが、足元を濡らす水たまりが、苔が。あらゆるものがぼんやりと魔力の淡い青の光を放ち始めた。
そんな光に映し出されるエレノアの顔は、いつもの物静かな、というよりどこか厭世的な横顔ではなくて、青を含んだ銀色の髪が、透き通るような白い肌が、今光っている魔力の光と同じ色の瞳が、彼女を気高く強い意志に包まれた人に見せかける。
「エレノア……君は……」
「ラティーネさま、構えてください。悪魔は出口の封印が解けたことに歓喜してすぐにでもやってくるでしょう」
魔力の光は徐々に本質だけを照らし出す。無骨な天然の岩は整然とした壁材であること。目の前の行き止まりは土くれではなく、美麗なる細工の施された金属の大門であること。
この洞窟のすべてはまやかしだったのだとラティーネはようやく気付いた。ごつごつとした岩の道も整えられた道を誤認する魔術がかけられていたのだとすれば。
ただただ息をのむ中、魔力の光でかたどられた門が少しずつ開いていく。
その先は魔力の質が違うのか、金色と赤に染められた異郷であった。エルドラド、黄金の国とも呼ばれた世界が広がっていた。
ラティーネが旅したどの町よりも整っていた。建物は真四角でまるで塔のようにそびえたつ建物がいくつも並んでいたし、そこにはめ込まれる窓も巨大で均一だった。足元は煉瓦上のものが敷き詰められ、凹凸は極めて少ない上に雑草など生える隙もないほどだった。
そしてそれらすべてが金と赤で染まっていた。まるで夕日を浴びたまま止まってしまったかのような。天井は岩であったが、板状のものがしきつめられ、仮初の空を映しだす。
そんな景色が延々と続き地平線まで彩る光景にラティーネの口の中が急激に乾いたまま戻らない。
「これが……悪魔の国」
「正式名称はマルファシア。国民の数は100万。そして最後の王はソリウス16世。人間です」
ラティーネとは対照的に、何の感慨もなく歩みを進め、路を進んでいくエレノアはラティーネにそう話した。いや、もしかすると記憶にある歴史をなぞって自分に語っているのかもしれない。
「エレノア……なんでそんなに詳しいの?」
ラティーネは直感的にもう結論を得ていたが、伝説と化した国のことをそれまで細かく語りうるエレノアに対して確認しなければならないことだった。彼女が語ったそれらは冒険専門のシェルパとして知識を貯め込んだラティーネであっても、どれ一つも手に入れたことはなかった。
だとすれば、だ。場合によってはやらなければならないことが変わってくる。
そう、例えばこの国ごと閉じ込められた悪魔に呼ばれたとかというなら、ボクは――
「それほど詳しいのは、その女がこの国の人間だからだ」
空が震えるような声が響いた。ぼわりとして聞き取りにくかったが、低い男の声であった。同時に空気が震え、町が燃え上がって陽炎ができたみたいにして揺らぐと、揺らぎが一箇所、エレノアの目の前で集約し巨大な異形の人型を為していった。
黒い角、真っ赤な瞳だけで埋め尽くされた目、カラスの翼を足を持ち。身体は骨が浮き出る細い体は青黒い。悪魔と呼ばれるのもすぐ理解できた。
「この女は、余が正当な契約をもって集めた魂を奪い去って逃げたのだ。すべての国民を犠牲にして!」
怒り。ともすれば今にも溢れそうな溶岩のような怒りだった。
だがエレノアは銀色の髪が威風にたなびかせても顔色一つ変えず、対峙していた。
「弱肉強食の法を敷き、貴方様の加護なくば生きられない世界に生まれ落ちた臣民に『正当な契約』を拒む権利はありませんでした。膨れ上がる罪、貴方様だけが利をむさぼる世界に何の未来がありましょう」
毅然として言い返すエレノアは今までの物静かで冷たい雰囲気の女性ではなかった。少女のようにみえても毅然とし、高貴な空気すら漂わせる。
怒りが爆発した。悪魔はカラスの羽をまき散らして叫んだかと思うと、羽が一斉にエレノアを襲った。
「泥棒めがこざかしい!」
「その言葉、謹んで受け入れましょう。支配者が甘い汁を吸いつづけることができる世の理を悪というのならば。マルファス。私はこの国の最後の王族として国の終焉を告げます」
黒い羽の嵐が霧散した後も、エレノアは傷一つついていなかった。それどころか紡ぎあげた魔力は次々と光の矢となってマルファスと呼ばれた悪魔を叩きのめしていく。
「エレノアさん、すご……大魔術師だぁ」
エレノアが優勢ではあるが打ち破るというところまではたどり着けない状態をラティーネはぼんやり見守ることしかできなかった。ゴーレムとの戦いなど本当に気にする必要ですらなかったんだと気づかされる。
ただエレノアにとってはこの場所にいたるまでの旅路の方が、過酷な自然との闘いの方が過酷だったのだろう。その為に自分が雇われていたんだろう。
「そこの女、お前は欲しいものはないか」
ぼんやりと戦いを見つめているとラティーネの頭に不意に声が響いた。マルファスだ。
「財宝はどうだ。ここ以外にも私は無尽の財宝のありかを知っている。力はどうだ。この女の力は元々私のものだ。同じだけの力を分け与えられるだろう。知識はどうだ。遥か古代の知識、魔術の深奥、必要なものがあれば何でも一つ応えるぞ。さあ答えよう、さあ応えろ。『契約』をしよう」
同時に頭がグラグラとして感情が湧きたち始めた。頭の中を覗かれているような、感情という水がが入った箱に乱暴に手を突っ込まれてかき回される感覚。
「ああ、なるほど。これが……」
ラティーネは間髪鳴く走った。魔力の奔流が激突する戦いの場に。
「ラティーネさま!?」
ラティーネに手を出されていたことにようやく気付いたエレノアだったが、完全にラティーネのことは無防備であっただけに完全に不意打ちを受けたような恰好だった。
「ボクがほしいのは……」
荷物から毛布を取り出すと毛布を魔力の渦の上に投げつけた。溢れる魔力に一瞬踊るその毛布に飛び乗り、燃え尽きる前には次の跳躍に移っていた。
「与えられるものじゃなくて、自分で手に入れるものなんだよ」
バックパックを腕から外し、逆さにするとその口から様々なものがこぼれてマルファスの頭に落ちていく。そして空になったばかりのバックパックがマルファスの頭にぐいとかぶさる。
「エレノア―!! 今だっ!」
悪魔が本当にその頭でものを見ているのかなんて分からなかった。だが、意表を突くくらいはできただろう。
そしてその目論見通りに。次の瞬間にはマルファスの体は吹き飛んでいた。同時に何か温かいものがラティーネの横を通り過ぎたような気がした。
「無茶しすぎです」
「いやぁ、雇い主が戦っているのに、シェルパが何もしないって申し訳ないじゃない? へへへ。それにしても、まさかエレノアがこの国の王族だなんて!」
伝説の国はもう滅びて久しく、正確な場所など知られていない存在になってしまったのだから、エレノアも見た目通りの少女、というわけではないのだろう。ラティーネは目を細めて鑑定でもするかのようにむくれるエレノアを眺めた。
「あの悪魔に不老不死でも願ったの?」
「いいえ、私は……あの悪魔を謀ったのです。あの悪魔は人の魂を魔力に変えて、次なる犠牲者に契約を魔力を与えて成長してきました。国一つを支配する程度に。ですが、身体にため込める魔力は悪魔であっても限界はあります。残った魂と魔力は別の保管場所があるのです。私はそれを……盗んだのです」
名ばかりの王家に生まれ、国民はみんなして悪事ばかりで生きながらえる大罪の国。生まれ落ちた命は捧げられるか、奴隷として使われるかしてこの国の不条理を叩き込まれて育って、また悪魔に魂を売る。この繰り返しを眺め続けた。それがごく普通の事と思い込んでいたらどれだけ楽だったかわからないが、エレノアはそれが辛かった。
「特に大切な友人と……家族を失った際に、悪魔の魔力となって別の命を貶める材料になるのを許せなかったのです。だから私は……自分が契約するフリをして、魂を封じる魔力庫との接続を奪い、逃げました。以来、マルファスがため込んだ魂と魔力は私が受け継いでいます。願いを叶えるほどの魔力をもっているこの世の理を超えた異物という意味でなら、本当の悪魔は私といっても過言ではありません」
あの洞窟のように見た目をまやかしているのかもしれない。それとも溢れる魔力で死ねなくなっているのかもしれない。エレノアという少女の姿はなんだか別の何かのようにみえてくる。
「魔力を使い果たすタイミングで悪魔と決着をつけよう、と」
ラティーネはその道中で余計な魔力を使い果たして悪魔と決着をつけられなくならないようにボディーガードを選んだのだろうか。あるいは死に場所を選んだエレノアのことを誰か一人でも知ってほしいと願っていたのかもしれない。
「でも、その様子だと、計算違いをしてたのかな?」
エレノアの体にはまだみなぎるような魔力が残っているのはラティーネも感じていた。封じた悪魔が弱っていたのかもしれないし、ラティーネが余計な事をしたことであっさり決着したからかも。
とすれば悪いことをしたのかなと、ラティーネは少しばかりバツの悪い気分になったが、エレノアは静かに首を振った。
「貴方様がこの危険な旅についてきてくださったのは、伝説の国に到達したいという願いがあったからですね。悪魔が一つ願いを叶えてくれるということも。命を懸けてただ一人ついてきてくださった貴方様に、私は応えたいと思います。残った魔力はその為のものです」
ラティーネはしばらく目をぱちくりとした。
言葉がつむげないというより、エレノアが何を言っているのかわからない。そんな感じであった。
ゆっくり10を数えるほどの時間を過ごした後、ラティーネはようやく彼女の意をくみ取り「それなら」と口を開いた。
「さっきも悪魔に言ったけど、願いは自分で叶えるものだと思ってるんだけど、叶えてくれるっていうならちょうど一つ」
「はい」
静かな決意をかみしめるような声でエレノアが答えると、ラティーネはいつも通りの元気な声で彼女に言った。
「冒険仲間がほしいな。遺跡にくわしくて、ボクがちょっと苦手な魔法が使える人で、年恰好は同じくらいがいいけど、理性的な人がいいから中身はちょっと年上みたいな人!!」
今度はエレノアがしばらく止まる番だった。しかしエレノアのようにその意図を噛み砕く時間を与えることなく、ラティーネはぎゅっとエレノアの手を握りしめた。
「その魔力がまだ残っているなら、この国から出る事が出来なかった人たちにも冒険をさせてあげようよ。君が笑顔になってほしいって思うのはきっとたくさんの人が思ってるんじゃないかな」
何年生きたのか、その寂しさは計り知れない。注意深く影だけを踏んで歩くような人生だったろう。
ここに来たのだってもう最期にしようと決めたのだろうから。
その前に楽しいを一緒に味わってほしいかな。今度の旅は笑顔の咲く度になってほしいと思うから。
「……ラティーネさま」
「ラティでいいよ。ずっと前からそう言ってた気もするけど。それからエレノアのことはエルって呼ばせてほしいな。相棒としてさ」
しばらく驚きを隠せなかったラティーネだったが、やがてゆっくりと笑顔を作って、その握手に彼女も答えたのであった。
「はい、ラティ」