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南地区ディセント



 アイビーとしっかり手を繋いで、エルヴィオラは王都の中心地へと足を運ぶ。

 中心地といっても、王都は広く、ざっくり分けて東西南北に区画が別れている。正確にはもっと細かく分かれているのだが、エルヴィオラはそこまで詳しく王都については知らない。


 どの地区に行こうかと迷い、ハルマディルクが困ったことがあったらくるように言っていた、南地区に向かうことにした。

 言葉を交わしたのは、何かの縁なのだろうと思う。

 悪い人間には見えなかった。今のところ、頼るようなつもりはない。

 だが、エルヴィオラ一人でアイビーを守れなくなったときのことを考えると、傍に行くのは悪いことではない。


 乗合馬車が到着したのは西門。しばらく歩いていくと、木製の案内板と簡単な王都の地図がある。

 看板の前にはエルヴィオラと同じく王都に来たばかりの人々が集まっている。

 エルヴィオラは人混みの後ろから背伸びをして、時には軽く跳ねて、看板を覗き込んだ。

 

「お姉様、なんて書いてあるのですか?」


「地図と簡単な施設の説明が書いてあるわ。あとで説明してあげるわね。南地区ディセントに向かうのは、こちらの道ね、行きましょう」


 遠目だが、ある程度確認できたために、エルヴィオラは再びアイビーの手を引いて歩きだした。

 柔らかな風が頬を撫でる。ヤザクラの花の香りが、風に乗って漂ってくる。

 街の外周に近くなればなるほどに、畑や果物の木々が植えられている景色が広がっているのはどこの街も同じだ。

 

 街の中心に行くにつれて建物が増える。中央に聳え立つ城の周囲には、古くから王都に住んでいる人々が暮らしている。

 新しい移住者が住めるのは、余程のことがないかぎりは街の外側である。

 綺麗に敷かれた石畳を歩く。畑があるのでもちろん川が流れていて、水路が整備されている。


 水路には水車小屋があり、ゆっくりと水車が回っていた。小麦をひいているのだろう。

 水路には魚の姿もある。エルヴィオラが慣れ親しんだ風景がそこにはあった。

 アイビーもそれは同じらしく「王都にもお魚がいて、水車小屋もあるのですね」と喜んでいる。


「さっきの地図によれば、南地区は商業施設が多いみたいね。闘技場や、神殿や、神官学校もあるみたいね。神官学校なら、アイビーも入ることができるわ。あそこは、何歳からでも入ることができるし、礼儀作法や勉強も教えてくれる。ただ……」


 値段が高いのよねと、エルヴィオラは胸中でひとりごちた。

 神官とはこの国においても地位の高い方々だ。爵位を継ぐことのない貴族の子供たちを神官にさせることも多い。

 けれど神官になるには多額の金がかかる。煉獄も沙汰もなんとやらというが、それなりの身分になるためには金が必要なのである。


「迷惑をかけてしまってごめんなさい、お姉様。私、学校なんて行かなくても大丈夫です。私も働きます」


「そんなことを言わないで。きちんと学校で学んで、あなたの人生を生きて欲しいの。お金がないからと、あなたの可能性を、私は潰したくないのよ」


「お姉様、でも」


「何も心配しなくていいのよ、アイビー。家が火事になったのはきっと、アミーテ様のお導きなのよ。以前から考えていたの、仕事を探すには王都に行くべきではないのかと。シード様との結婚が反故になったのも、お導きのひとつだと思うわ」


「お姉様は、シード様が好きだったのではないのですか?」


「それが、よくわからないのよ。私はシード様の背後に輝いている黄金を見ていたのかもしれない。シード様はそれに気づいていたから、私と結婚したくなくなったのかもしれないわね」


 家のために結婚相手を探していた。

 それが、よくなかったのだろう。実際エルヴィオラは、男性としてのシードではなく、シードの家が金持ちだということばかりに目がいっていた。

 口に出したりはしなかったが、気づかれていたのかもしれない。

 そう思うと、悪いのは心変わりしたシードではなく、エルヴィオラだということになる。


 どちらにせよもう終わったことなのだ。考えても仕方ない。

 

 橋を渡り、南に向かう。畑の多い牧歌的な風景が、徐々に変わっていく。

 白壁の家々が目立ち始めて、背の高い建物の増え始める。エルヴィオラたちの歩く方向へと同じように歩いていく者たちや、馬車や、荷物を背中に乗せたフォルネックスの姿もある。


 職業斡旋所は、南地区の中央広場にある。

 広場の中心には女神アミーテの像がある。女神アミーテは、大きな獅子を連れている。

 獅子に跨り剣を掲げる雄々しい姿の女神は、戦いの神とも呼ばれている。


「アミーテ様は、いつ見ても格好いいですね、お姉様」


「ええ、そうね。かつてこの地を支配していた混沌の王を退治して、人々を守ってくださったという伝承のとおりに、勇ましい姿だわ」


 混沌の王とは――今から数百年以上前にこの地に現れたという、魔王のことだ。

 魔王の瘴気が魔物と、魔族たちを生み出して、この地に魔物をあふれさせた。

 街がいくつも滅ぼされる中、天から降り立った女神アミーテが、混沌の王を倒して人々を救ったと言われている。


 それが、ヴァーラム王国における女神神話の始まりである。

 エルヴィオラとアイビーは立ち止まり、広場の中央の女神像へと祈りを捧げた。


 それから、職業斡旋所に向かう。

 王都はもとより、南地区の一区画だけでも、エルヴィオラたちの住んでいた街よりも何倍も大きな街である。

 商業地区なのだから仕事も多い。エルヴィオラのように新天地を探して訪れる者もいれば、すでに王都に居住していて、新しい職を求めている者もいる。


 エルヴィオラたちが辿り着いたときには、職業斡旋所の前には、かなりの行列ができていた。


 

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