旅は道連れ出会いと別れ
王都ヴァラームの中心には王の住む城がある。
城を中心に六角形の形に、徐々に壁で区切られた居住地区を広げながら大きくなった城郭都市である。
端から端までまっすぐ歩くのに丸一日かかるような巨大な街で、外側からは高い壁がそびえているようにしか見えない。
東西南北に四つの門がある。
それぞれの門からのびる、馬車や馬や、狐に似た白い獣のフォルネックスの通ることのできる広い街道には、エルヴィオラの頬を撫でた白い花弁の正体である、ヤザクラの木が植えてある。
ヤザクラは東の国から植樹されて王国に広まった樹木である。今では王国各地で見ることができる。
丈夫でよく花をつける。白い小さな花弁が風に舞っていると、一年を通して比較的温暖な王都のあるヴァラーム王国の中心地でも、春を感じる。
馬車は白く小さな花の咲き乱れているヤザクラの間を抜けていく。
ビュウッと風が吹いて、花弁がまるで雪のように、クルクルと踊りながらエルヴィオラを包み込んだ。
乗り合い馬車の向かう先には王都の大門がある。
夕方になると閉じてしまう門の前には、厳しい顔つきの門番が数人、立っている。
乗合馬車は門を抜けてすぐの停留所で停まった。
隻眼の男は少し話したきりでまた寝息を立て始めていて、美形が隻眼の黒髪を容赦なく引っ張っている。
エルヴィオラは、よく寝る人だわと感心しながら、アイビーの背中をさすった。
「ん、あぁ、ついたのか」
「レヴィアス。私は君の子守りじゃないのだよ。何が悲しくて、君のような大男を起こさなくてはいけないのだ」
「あー……」
隻眼の、レヴィアスという男は美形の小言を聞いているのか聞いていないのか、ぼんやりしながら欠伸をしている。
「行くぞ、レヴィアス。では、失礼しますね。あなたたちに、女神アミーテ様の加護がありますよう」
もう一度レヴィアスの髪を引っ張ると、その荒々しさなど忘れ去ったような柔和な笑みを浮かべて、美形はエルヴィオラに挨拶をした。
「あぁ、ここで会ったのも何かの縁です。私はハルマディルク。名が長いので、皆、ハルと呼びます。もし、あなたが困っているようならば、南地区にある傭兵の駐屯所に来てください」
「私はエルヴィオラと申します。この子は、アイビー。ご親切に、ありがとうございます。女神様の加護がありますように」
ヴァラーム王国は、女神の加護がある国である。皆が、女神アミーテに祈りを捧げる。
食事の祈りや、旅の無事など。
平穏を祈り、幸福を祈り、幸運を祈るのだ。
「エルヴィオラ。それからアイビー。王都にはさまざまな人間がいますから、危険を感じたら私の元へ来てください。きっと助けになりますよ」
「ありがとうございます、ハルマディルク様」
どうにも優雅な所作の男である。もしかしたら身分の高い方かもしれないなと思いながら、エルヴィオラは礼をした。
「じゃあな、お嬢さん」
「はい。竜騎士様も、女神様の幸運がありますように」
「おー。ありがとよ」
ひらひらと手を振って、ハルマディルクの後ろを猫背で怠そうな歩き方で、レヴィアスが乗合馬車を降りるとついていった。
眠そうに目をこすりながら、アイビーが目を覚ます。
乗合馬車の御者が「まだかい」と迷惑そうな顔をするので、エルヴィオラはアイビーを抱えるようにしていそいそと乗合馬車から降りた。
昼の間は開いている王都の大門に出入りする人々は、エルヴィオラのように王都に来るものもいれば、荷馬車や馬に荷物を積んで出て行くものもいる。
旅人や行商人。冒険者や傭兵。馬車の姿もあれば、騎乗用の獣であるフォルネックスの姿もある。
人の多さにやや圧倒されながら、エルヴィオラはまだ眠気の抜けないアイビーの頬をペタペタと撫でた。
「ついたわ、アイビー。王都よ」
「ん……わ……わぁ……人が、とても多いのですね」
「ふふ、そうね。今まで立ち寄ったどの街よりも、多いわよね」
目を丸くしているアイビーに、エルヴィオラは微笑んだ。
アイビーはクリーク伯爵家から外にあまり出たことがなかった。
エルヴィオラも、王都には両親が健在の時に数度、両親が亡くなってからは花婿探しに一、二度来た程度。
王都に来た時には晩餐会に顔を出してから一泊してすぐに帰路についた。
観光するどころではなかったので、こうして街の中で行き交う人々を眺めるのははじめてだ。
「さぁ、行きましょうかアイビー。まずは職業斡旋所に行って、残ったお金で借りられる家を探して……はぐれないように、しっかり手を繋いでいてね」
「はい、お姉様!」
アイビーは力強く頷いて、ぎゅっとエルヴィオラの手を握りしめた。