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いざ王都へ



 街の人々はエルヴィオラたちを哀れに思ったのか、食料を少しと金を少しくれた。

 それから、荷馬車に乗せて王都までの乗合馬車が出る近くの街まで送り届けてくれた。

 

 もしかしたら厄介払いだったのかもしれないが、疑っていたらきりがないので、親切はありがたく受け入れて、エルヴィオラはアイビーと共に街まで送り届けてくれた荷馬車の御者に礼をした。


 王都までの乗合馬車が出る街は、エルヴィオラたちの街よりもずっと大きい。

 アイビーの手はエルヴィオラの手ですっぽり包んでしまえるほどに小さい。その髪はエルヴィオラと同じ白に近い、真昼の月のような金髪で、大きな瞳は翡翠色。

 姉の欲目を抜きにしても、愛らしい少女である。きっと美人に育つだろう。素敵な人と結婚できるだろうと思う。


 アイビーの服は煤がついていて、エルヴィオラの服も髪も乱れている。

 まずは宿を取ろうと、アイビーの手を引いてエルヴィオラは歩き出した。


「あの、お姉様」


「どうしたの、アイビー」


「私、その、お金を……」


 街の入り口から中心地へと歩いていく途中で、アイビーは足を止める。

 それから、行き交う人々から姿を隠すようにして建物の影へとエルヴィオラを引っ張った。


 お金を、と言いながら、スカートのポケットから袋を取り出す。


「これは……」


「家に、火が出たときに、持ち出してきました。これだけ、持ってこれました」


 袋の中には金貨が入っている。

 それは、エルヴィオラが今まで貯めてきた、アイビーの学費である。

 ほんの少しの貯蓄だった。


「アイビー、もしかして、これを持ち出していたから、逃げられなかったの?」


「それは……その……これは、お姉様が頑張って、貯めてくれたものだから」


「ありがとう。でも、あなたの命の方がずっと大事なのよ。お金はなんとでもなるけれど、命は一つしかないのだから」


「うん」


「本当に、無事でよかった。ふふ、でも、ありがとう。隠してくれていたのね」


「うん。街の人たちに見られたら、よくないかなと思って。街の人たちは、少し意地悪だから」


 人をよく見ている子だ。確かに街の人たちは、エルヴィオラたちに親切とは言えなかった。

 もし金貨を見られていたら──火事の修繕費などと言われて、奪われていたかもしれない。

 エルヴィオラたちが無一文になってしまったと思われたから、彼らは少しだけ優しくしてくれたのだ。


「王都まで、これで行けるわね、アイビー。あなたのおかげよ」


「でも、お姉様。どうして王都に?」


「仕事があると思うの。私は魔法しか使えないけれど、雇ってくれる人がいるんじゃないかなって」


 この国では、魔法が使える者はどちらかと言えば珍しい。

 魔法とは、この国に存在している精霊や神の力を借りて使用するものである。


 生まれながらの適性があり、精霊や神と通じ合える適性を持つ者だけが魔法を使用できると言われているが、エルヴィオラは魔法が使えるからといって、精霊や神と対話ができるわけではない。


 魔法適性を持っているものは十人に一人程度。その中でも、満足に魔法を使える者となるともっと少ない。


 エルヴィオラは昔から光魔法が得意だった。

 傷を治すことは練習しなくてもできたし、両手がキラキラ輝くのが楽しくて、遊びの中で魔法をよく使った。


 母も同じく光魔法が得意で、呪文や魔法の種類をよく教えてくれたものである。

 だからエルヴィオラの師匠は、亡くなった母である。


「私も、働きます」


「アイビーはまだ小さいのだから、そんなことを考えなくていいわ。全て、お姉様に任せておいて。大丈夫よ!」


 大丈夫だと胸を軽く叩いて見せると、アイビーは心配そうな笑みを浮かべる。

 二人きりでの時間が長いせいか、アイビーは年齢よりもずっとしっかりしている。

 アイビーが不安にならないように、エルヴィオラはとびきりの笑顔を浮かべて「美味しいものでも食べましょうか、今日は」と言った。


 乗合馬車に乗っていくつかの街を経由して、数日。

 カラカラと回る車輪の音を聞きながらアイビーを膝に乗せて乗合馬車の中でうとうとしていると、エルヴィオラの頬に白い花の花弁が触れた。


 風と共に、花が舞っている。乗合馬車には屋根がない。風は直接エルヴィオラたちの体を撫でていく。

 乗合馬車には眠るアイビーを抱えたエルヴィオラと、男が二人。


 二十台後半程度に見える騎士のような男は、顔に布を当てて片目を隠している。

 背の高い大柄な体を、人があまり乗っていないことを幸いと言わんばかりに、乗合馬車の席を数人分使用して体を横たえて眠っている。


 もう一人は男の連れのようだ。こちらは、魔導師風のローブを着ている。男と同年代か少し若い程度か。艶やかな銀の髪に涼しげな青い瞳をした、美しい顔立ちの男である。 

 シードも甘い顔立ちの美形だったが、比べたら申し訳なくなるぐらいの美丈夫である。


「もうすぐ王都ですね」


 エルヴィオラの視線に気付いたのか、美しい男が優しい声で言った。

 それは心地よい春風のような声だ。


「ええ、そうですね。もうすぐです」


「あなたたちは、どこから?」


「私たちは、クリーク伯爵領から来ました」


「あぁ、北にある小さな街の」


「はい」


 話題にもあがらないような田舎町である。よく知っているなと驚く。


「ずいぶんと、長旅ですね。妹さんは、疲れて眠ってしまっているようだ」


「はい。アイビーには苦労をかけてしまって。これから、仕事と住む場所を探しますので、もう少し頑張ってもらわなくてはいけないのですが」


「何かあったのですか?」


「お恥ずかしい話、山火事が起きて、家が燃えてしまったのです。妹と二人で、仕事を探すために王都に来ました」


「そうでしたか……それは、大変ですね」


「いえ。よくあることですから。あの、お兄さんたちはどこから?」


「たち……あぁ、この男もいましたね。たちです」


「はい」


 美しい男は居眠りをしている隻眼の男を一瞥して、困ったように笑った。


「仕事の帰りなんです。飛竜がいましたが、あまりにもこの──飛竜の主人が怠惰なものですから、先に帰られてしまったのです。おかげで、私も一緒に乗合馬車で王都に帰る羽目になってしまって。行きは、飛竜だったのですけれどね」


「まぁ……竜騎士の方なのですね。初めて見ました」


 飛竜に置いていかれることなどあるのだろうか。

 エルヴィオラは思わず、口元に手を当ててくすくす笑った。


「笑いごとじゃないぞ、お嬢ちゃん。主を見捨てる竜など、竜失格だ」


 むくりと起き上がり、眠っていたはずの隻眼の男が言う。


「それは君のせいだろう、レヴィアス。君があまりにも起きてこないから、アルゼスは先に王都に飛んでいってしまったのだよ」


「そりゃ、お前も夜中まで酒飲んで寝坊してんだから同罪だろ、ハル」


 二人はしばらく沈黙した後、同時にはぁと深いため息をつく。

 エルヴィオラがにこにこしながら「仲良しなんですね」と言うと、とんでもないと同時に首を振った。



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