やる時はやる先輩
エルヴィオラよりもずっと大きいサンドワームの口は、さながら空間にぽっかり開いた別の世界へのトンネルのようだ。
切り裂かれた首や喉から体液と蓄電した電気を撒き散らしながら迫ってくるそれに、一瞬時が止まったような気がした。
瞬間、死の恐怖が体をひりつかせる。喉がぴったりと張り付いてしまったように呼吸ができない。
凶悪な牙が、巨大な虚が、その先にどこまでも続く暗闇がエルヴィオラを捕食しようとしている。
「光の精霊オリアムント、その首輪を光輪として、呪縛せよ!」
こんなところで死ぬわけにはいかない。心を折られるわけにはいかない。
エルヴィオラの帰りを、王都で妹のアイビーが待っているのだ。
エルヴィオラはアイビーのために生きている。アイビーの学費を稼ぐためにここにいるのだから。
杖から光が放たれる。
光は輪に形を変えて、サンドワームの体にまとわりついて、その巨体をボンレスハム状に縛りあげる。
だが、すぐにパキンとその光の呪縛はとかれた。時間にして一秒。
瞬きをするほどの短い間、動きを止めただけだ。
それで、十分。
エルヴィオラは一人ではない。頼りになる先輩が、一緒にいる。
サンドワームが、中央から縦切りにされて二つに裂けていく。
真っ黒な断面を晒しながら、ずしんと地響きと砂埃と共に、砂漠の中に沈んだ。
頭から尻尾の手前までをまっすぐに魔槍で切り裂いたレヴィアスが、頭上に掲げた槍を振り下ろす。
体液を払うと、槍をアルゼスの鎧についている槍立てに立てて、エルヴィオラの元へと飛来して、エルヴィオラをアルゼスの上に軽々と引きずりあげた。
「無事か」
「はい! 大丈夫ですよ、レヴィアスさん。レヴィアスさんなら倒してくれると信じていましたので」
「信頼がすごいな……お前は能天気だな、エル」
「違いますよ。レヴィアスさんが強いことを信頼してこその相棒です! 私の先輩は強くて頼りになる人ですから」
「う……眩しい。そして疲れた」
「お疲れ様です! やっぱりすごいですね、レヴィアスさん。さすがはマリアテレーズ傭兵団の両翼です。やる気があれば副団長になっていたって、マリアテレーズさんもよく言っています。すごいです。強い」
「マリさんの方が強い。それに、ハルもな」
「もちろん、団長と副団長はとっても強いと思いますけれど。それよりもこれは、無事に討伐できたと判断してもいいんですよね? サンドワームの生命維持器官は首から上。首は落とされて頭は真っ二つですから」
「あぁ。そうだなぁ」
「レヴィアスさん。サンドワームの肉は食べられるそうですよ。でも、これだけ大きいと不味いでしょうか……」
「なんでもかんでも口に入れようとするな。貴族だろう、お前は」
「食べられるものは食べるのが生きるための鉄則ですから」
「泣ける。そして疲れた。久々に働いたから俺はもう寝る」
「はい、思う存分寝てくださいね、レヴィアスさん。今夜はぱあっとサボテン酒です。アルゼスさん、では、街に帰りましょうか。討伐の証拠に、記念撮影をしていきましょう」
レヴィアスがアルゼスの背中で寝始めるので、エルヴィオラがかわりにアルゼスの綱を握った。
すいっと砂漠の上にしかばねを晒しているサンドワームに近づいていき、エルヴィオラは腰にさげた皮鞄から水晶を取り出した。
「保存して、水晶さん」
水晶がくるくるとまわって、周囲の景色を透明な球体の中に映し出す。
これも魔道具の一つである。景色を保存して、いつでも見直すことができる。
魔物討伐は本当にその魔物が討伐されたかどうかを証明するために、映像を記録しておくのが最近の主流だ。
昔はこんなことはしなかった。そのかわりに魔物の体の一部を持ち帰るなどしていたようだけれど、死んだ魔物の体を切り取って持ち帰るなど不衛生であるという意見が出始めて、保存水晶が開発されたのである。
巨大な魔物の死骸は、他の動物たちや魔物たちの餌になる。
自然の摂理とはそういうものだ。
肉を持ち帰ろうかと思ったが、レヴィアスが嫌がりそうなのでやめておいた。
それに巨大サンドワームは大きすぎるので、多分美味しくない。肉はまだ帯電しており、ビリビリと雷をまとわせているので、切り裂くのも大変そうだ。
「ごめんなさい。その魂が、女神様アミーテ様の元にのぼりますよう」
静かな砂漠に倒れ伏す亡骸に祈りの言葉を送ると、エルヴィオラはアルゼスに指示をして街への帰路についた。
熱い日差しも今は心地いい。風がエルヴィオラの白に近い金色の髪を靡かせる。
砂の上に弾き飛ばされた時にできた擦り傷を、回復魔法が癒していく。
怪我はしていないかもしれないけれど、ついでにレヴィアスにも回復魔法をかける。
柔らかい光がレヴィアスを包み込んで、一瞬のうちに寝はじめたレヴィアスの寝顔を、穏やかなものへと変化させた。




