初依頼のお祝い
常にやる気があまりなく、寡黙だがやるときはやる凄腕の傭兵――というレヴィアスのイメージが、エルヴィオラの中でがたがたと崩れていく。
何か事情があるにせよ、今のレヴィアスは無一文の無宿人である。
宿はある。宿舎だが。
「レヴィアスさん……生活費、借りていたのですか?」
「そうだよ。レヴィアスは強いし貴重な竜騎士だから、いなくなると困る。だから、金は前借りさせてあげてたけど、働かないで酒ばっかり飲んでったら借金塗れになるよね」
働かないで酒ばかり飲んでいる――。
エルヴィオラは青ざめた。そんな恐ろしいことは、エルヴィオラだったらとてもできない。
「アルゼスちゃんは可愛いから、ご飯代は傭兵団で賄っているけど」
「そうなのですね……」
呆然としながら返事をするエルヴィオラに比べて、レヴィアスは平然としている。
というか、目を閉じて寝ている。
まるで聞いていないようだった。
「レヴィアスの借金は、ざっと五百万ゴールドだね。安心して、エルちゃん。エルちゃんの借り入れは百万ゴールドだから、レヴィアスはその五倍」
「私たち、借金塗れ……」
「レヴィアスの借金はエルちゃんとは関係ないから気にしないでいいよ。今回の報酬だって安すぎるぐらいだし。炭鉱組合は、炭鉱の事故のせいで金がないんだってさ。でも、人命救助もしたし、広範囲の浄化もしてくれたから、そのうち騎士団から謝礼があるんじゃないかな」
それがきっと次の仕事に繋がるよ――と、ジェレイズがにこやかに言う。
エルヴィオラは五百万という数字にさらに呆然としていたので、途中からあまり聞いていなかった。
エルヴィオラの取り分の五万千ゴールドのうちの半分を、ジェレイズに渡そうとした。
けれど「それは初任給だから。自分のために使うんだよ」と、受け取って貰えなかった。
「エルちゃんの実力はよくわかったから。光魔法使いは需要が高いんだよ」
だからいくらでも稼げる――と、ジェレイズは言っていた。
そうだといいけれどと思いながら、エルヴィオラが謝礼金を布袋にしまっていると、唐突にレヴィアスが立ち上がる。
「今日の仕事は終わりだな」
「はい。終わりましたけれど」
「酒を飲みに行くぞ、エル」
「レヴィアスさん、お金、ないです」
「ある。そこに」
「こ、これは、私の分で……あぁ、でも……わかりました。私たちは相棒ですので、私のお財布はレヴィアスさんのお財布ということですね」
ここでエルヴィオラが支払いを渋れば、レヴィアスはジェレイズから給金を前借りして、借金がまた増えるということになる。
確かにその借金はエルヴィオラの物ではないが、レヴィアスには世話になった。
これからも世話になる予定である。
レヴィアスがいなければ、アラクネー討伐はできなかっただろう。
浄化の守護膜を使用しながら、攻撃を避けつつ、攻撃魔法を詠唱するというのはかなり難しいのだ。
二つの魔法を同時に使用するということ事態、難易度がものすごく高い。
エルヴィオラは光魔法が得意だから、それができたというだけである。
だが、討伐に時間かかればそれも困難になってしまっただろう。
レヴィアスがさっさとアラクネーを倒してくれたから、空間浄化をすることができた。
十万の報奨金のほとんどが、レヴィアスのお陰だったといっても過言ではない。
「それでしたら、今後は私たちの生活費は、私が管理します。マリアさんからも頼まれましたし」
「好きにしろ。酒が飲めればそれでいい」
「それでは、初依頼達成のお祝いに、お酒を飲みに行きましょう」
エルヴィオラは背の高いレヴィアスを見上げて、にっこり微笑んだ。
レヴィアスが自発的に何かをしたいと言うのが、幼い妹の世話を焼いていたときのことを思いだして、妙に嬉しかった。
「エル、お帰り! アラクネーを討伐したと聞いたよ。そんな危険な仕事を初任務で行うなんて、私は心配で心配で、今すぐ炭鉱に行こうかと思っていたのだけれど」
「エルっち、おかえりー」
「エルヴィオラ。お疲れ。よく頑張ったな」
酒を飲みに行こうと傭兵団本部から出ようとすると、ハルマディルクとシフォニア、ザイードがやってくる。
シフォニアに抱きつかれて、ハルマディルクには手を取られ、ザイードには頭をがしがしと撫でられた。
こんなに――多くの人に構われるというのは、初めての経験である。
エルヴィオラは目を白黒させながら、「ありがとうございます」と微笑む。
「初任務達成の祝いをしに行くのだろう? 一緒に行こう。私が支払うよ」
「やった、副団ちょのおごりだにゃ!」
「いいのか、ハル。ごちそうさま」
「君たちも来るのか? 珍しいな」
「だって、エルっちのお祝いだもん」
「エルヴィオラが頑張ったんだから、祝いたい。いいだろう?」
「構わないけれどね。では、皆で行こうか」
ハルマディルクの奢りで、酒を飲みに行くことになったらしい。
エルヴィオラの背中をシフォニアが押して、ハルマディルクたちがそのあとをついてくる。
レヴィアスは一番後方で、欠伸を噛み殺していた。
傭兵団いきつけの『大衆酒場グェス』に辿り着くと、エプロンをつけた女性が出迎えてくれた。
豊満な美女である。短い髪に、大ぶりの耳飾りをつけている。
首が長く、すらりとしていて、スタイルがとてもいい。
「彼女はグェスさんだよ。口は悪いけれど、料理は上手」
「口が悪いのは生まれつきよ。口からさきに生まれたの。新しい子ね、エルちゃん。よろしく」
口が悪い――ようには見えなかった。
どちらかといえば上品な女性に思えたのだが、ハルマディルクのほうがグェスとは付き合いが長いので、エルヴィオラが知らないだけなのかもしれない。
お辞儀をして挨拶をする。グェスは笑いながら「うちはそんな上品な店じゃないわよ」と言った。
ジョッキに入った麦酒や、樽酒が振る舞われて、テーブルの上には花びらのようなオニオンフライや、子持ち小ダコの唐揚げ、野菜スティックや、オリーブとチーズとサラミ、カニピラフが並ぶ。
豪華な食事を前に、全部ハルマディルクの奢りでいいのだろうかと、エルヴィオラは心配になった。
「エル、大丈夫。今回は君のお祝いだから。気にせずに食べて。私はレヴィアスと違って真面目だからね、多少の蓄えはある」
「副団ちょは、貯金があるにゃ。お金持ちだにゃ」
「そうだな。ハルは裕福だ。だから気にせずに食べていい」
「シフォニアとザイードとレヴィアスは、自分で支払って欲しいのだけれど」
やれやれと、ハルマディルクが溜息をつく。
レヴィアスは何も言わずにジョッキを持つと、エルヴィオラに差し出した。
エルヴィオラもジョッキを持ち上げる。
「じゃあ、エルっちの初任務成功に乾杯!」
シフォニアの元気のいい声が響き渡り、エルヴィオラとレヴィアスはカチンとジョッキを軽く触れあわせた。




