先輩のやる気を出させる方法
魔槍を手にしてアルゼスに跨るレヴィアスは、サンドワームの襲撃ぎりぎりまで寝ていたり槍をなくしたことに目を瞑れば、有り体に言って様になっている。
輝く白い体を持つ竜のアルゼスが美しいことはもちろん、アルゼスに跨り少々怠そうな様子で槍を持つレヴィアスも普段の姿とは違い勇ましい。
「レヴィアスさん、私が足止めします! 行きますよ!」
「眠いな……」
「頑張ってください、先輩! 十万ゴールド手に入ったら、二、三日寝ていていいですから。お酒も飲めますよ!」
「あー……仕方ない」
傭兵団に所属している以上、魔物討伐は仕事のメインである。
お金がもらえる仕事であって、さらに人々を助けることができて感謝もされる。
エルヴィオラにとってはこれほど素敵な仕事はないと思うのだが、レヴィアスは魔物討伐であっても報告書の作成であっても、感謝する人々に笑いかけて挨拶をする程度のことでもめんどくさがるのだ。
そのうち息をするのもめんどくさいと言い出しかねない。
これでいて──とても強いのだから、不思議なものである。
仕方ないと言いはじめたということは、多少はやる気が出たということだ。
二、三日の睡眠と酒に惹かれたのだろう。
レヴィアスは金遣いが荒く、放っておくと全てを酒代にしてしまう。
そのくせ働くことを嫌うので、その懐はいつも寂しいものだ。
そのためか、マリアテレーズに「エルちゃんがレヴィちゃんのお財布を管理してあげて。そうしないと路銀もすぐになくなるわよ。エルちゃんみたいな常識のあるしっかりした子が来てくれてよかったわ」と言われて、レヴィアスの財布──空っぽの布袋を押し付けられた。
空っぽだったのだ。
それ以来、エルヴィオラがレヴィアスの酒代や宿代を全て管理している。
好きなように好きな時に酒が飲めなくなったレヴィアスのやる気を出すためには、酒で釣るのが一番手っ取り早いとこの一ヶ月で学んだ。
「エル、砂漠のサボテン酒が飲みたい」
「いいですよ、レヴィアスさん! もちろんです、たくさん飲みましょう! グラスに塩をつけて飲むらしいですよ、場合によってはレモンを絞ったり、ホットチリソースを入れたりするらしいです」
「お前も飲め」
「お付き合いします!」
「よし」
よし。
エルヴィオラも心の中でよしよしと頷いた。
サンドワームが体を少し動かすだけで、砂漠の砂が海原のように波打つ。
砂漠には降りられそうにない。
浮遊魔法の効果が続くうちに、サンドワームの足止めをしなければ。
サンドワームは雷撃を放った反動で、巨体をぶるぶると震わせながら動き回ることができずにじっとしている。
エルヴィオラは先端に星のような水晶の付いた杖をサンドワームに向ける。
魔力増幅のための魔法石は、傭兵団の同僚の魔道具師が作ってくれたものだ。
エルヴィオラは回復魔法以外はさほど使えないが、杖のおかげで魔物となんとか戦闘ができるぐらいには形になっている。
「アルルメイデンの魔の扉より来たれ、最果ての永久凍土にはえたる樹氷よ!」
砂漠の魔物は水や氷に弱い。炎や雷には強耐性を持っている。
傭兵団の魔物研究者がくれた本を熱心に読み込んで、エルヴィオラは頭の中に情報を叩き込んでいる。
戦闘経験の少ないエルヴィオラにとって、情報は強い武器だ。
傭兵団の他の者たちには魔物の特性や弱点などは、肉体に記憶されているぐらいに常識ではあるが、エルヴィオラにとってはそうではないのだから。
詠唱と共に杖の先端が輝き、サンドワームの周囲に凍りついた木の枝のような亀裂のようなものが走る。
その亀裂からパキパキと音を立てて、サンドワームの体に氷が伸びる。
氷はサンドワームの巨体を包み込むようにして巻き付いた。
エルヴィオラが氷魔法が得意な魔導士なら、氷の木が何本もサンドワームからはえてその体を氷づかせていたはずだ。
だが、そこまでの魔力は、エルヴィオラにはない。
けれど、数分足止めができればそれで十分だ。
空から飛来するものがある。海上から獲物を突き刺す海鳥のように、アルゼスがサンドワームに向けて飛んでいく。
レヴィアスの魔槍がサンドワームの体を引き裂いた。
筒状の、口のある先端部分より少し奥。ふしのある体の、おそらくは首の部分。
レヴィアスはサンドワームの体液で汚れた魔槍をくるりと回して、再びサンドワームを強襲する。
アルゼスの体がサンドワームの巨体に吸い込まれたかのように見えた。
槍が巨体を突き破り、顎のあたりからアルゼスが出てくる。
バサリと翼をはばたかせてアルゼスは再び高く舞い上がった。
首と喉の部分を突き破られて、サンドワームは何が起こったのかわからない様子でしばらくじっとしていた。
凶悪な口のついた顔がずるりと巨体からずり落ちそうになる。
サンドワームの生態機能はほぼ首から上、口の周りに集まっている。
残りの巨体は貯蔵庫である。攻撃してもあまり意味はない。
レヴィアスはそれを心得ているのだろう。的確な攻撃だ。
生命の危機を感じたのか暴れ始めるサンドワームが、空洞のような口から大きく息を吐いた。
生ぬるい腐臭のする突風に、ふわふわ浮かんでいたエルヴィオラは吹き飛ばされて、どさりと砂漠の上に弾き飛ばされた。
体を修復するためだろう。サンドワームが獲物を見つけたように、狂ったように暴れながらエルヴィオラに向かってくる。
「っ、わ……!」
すぐさま杖を向けて魔法を構築しようとするが──間に合わない。